2011年12月15日木曜日

退院

7日間の入院から昨日退院し、今日の昼から出勤しています。
必ずしも本調子だとは言えませんが、ほとんど回復しています。

昼から打ち合わせやちょっとした実験等をこなして、今の時間になり、今日はほどほどで帰ることにします。

入院の総括は、後日日記に書きます。

明日から青森県に1泊で出張です。医者とも相談して総合的に判断しての結果ですが、決して無理はしません。午前中移動して午後から打ち合わせのため、念のため体力温存のために、往路はグリーン車(もちろん差額は自腹)。海の幸たっぷりの地ですが、お酒と生ものは控えます。残念。

2011年12月6日火曜日

失念


会計処理に関して、書類の提出が遅いと書類でお咎めがあり、始末書(のフォーマットが既にできたものが学内便で届く)に、ごめんなさいと心で思いながら、サインする。そのフォーマットには、「提出を失念しておりました」等計4つの理由が選択肢として書かれており、もちろん「失念」を選択して書類が完成した。

という作業をしたのが3週間前。先ほど、未提出のその書類を発見してしまった。

その書類の上に、さらに付箋で、「記入後に提出を失念していました」、とお詫びのコメントを入れ、きちんとポストに投函した。


さらに、ある学部から、ある研究に協力のアンケートがあり、その時たまたまやってみようと思って、時間をかけてアンケートに記入して封をしたところで、学内便のポストに入れるのを忘れていたのを、先ほど見つけた。提出締め切りは12/2だった。そのまま古紙回収箱へ直行。残念。


自己嫌悪。

2011年12月5日月曜日

餅つき

土曜日は、冷たい雨であったが、幼稚園のイベントの一つ、餅つき大会。総勢30名ほどの父兄がお手伝いをして、餅つきをする。

雨のため、園児は室内で餅つき体験および記念撮影であったが、お父さんたちは、屋外のテントでひたすら餅つき。2チームに分かれたのが、お互い競い合ってレースのようにもなり、時には会話しながら楽しいひと時を過ごした。

もちは杵でつくことよりも、それ以前に炊き上がったもち米を臼の中で杵を押しながらすりつぶす作業が大事であることが本質ということが分かった。携わったのは初めてだったので、やっぱり体験してみないと分からない。

幼稚園お手伝いイベントの中で、一番体力的にきついと聞いていたが、それにもまして、餅をつくと、餅ができて園児が食べてくれるという、直接的なアウトプット・フィードバックがあることの素直な喜びを感じた。屋外で餅をついている多くの時間は裏方であったが、時たま、クラス毎に園児が見学に来る。そうすると、わが子を見つけると、交代でそのお父さんが待ってましたとばかりに臼を握り、笑顔でついていたのは、微笑ましかった。私もそうだった。

きついと言われながら、この日も3分の1位の人数のお父さんが、昨年の経験者といって手を挙げていた理由がわかった。来年、私も出たい、と思う。

さて、筋肉痛の方であるが、まず腰を痛めないようにきちんと姿勢をとったので腰は大丈夫であったが、一番は右手の握力が堪えた。未だに鉛筆を持つ手が震える。

従量制

従量制料金は使っただけ払えばよいので、一般には有効であるが、結構落とし穴もある。今周辺でも導入している某無線データ通信サービスであったり、皆が当たり前に使っている携帯のパケット定額等が、まさにだまそうとしているとしか思えない。

今時、ひと月に10MBまでは従量制で、それ以後は最大料金というのは、ユーザー側には現実的にありえないと思うだろう。しかし、カタログやCMでは、それがまかり通っている。実際には、●パケット、という風にオブラートに包まれているが、それが、PCであれば1、2回のメールの送受信分に相当し、携帯メールであれば写真のやり取りを数回繰り返せば、それに近い容量にはなろう。

パケットについて、もちろん、それが対象になるような使い方をする人もいるかもしれないが、エンジニア的に考えると、それで恩恵を受ける人が一体何パーセントいるのかというところだろう。

嘘ではないし、恩恵を受ける人がいるのはわかる。でも、恩恵を受ける対象者が少ないのに、これだけ大々的にPRして、バランスが悪いのが、私の印象を悪くする。



似たようなことは日々の生活にもあって、例えば研究であれば、きわどい質問への回答として、●●もやっています、という答弁をすることもある。その際、嘘ではないが、ちょっとでも効果があることを、その影響範囲等を特に『示さない』で回答することで、あたかも有効のように感じさせることもあろう。

本質を見極められる力が問われている。特に数値データは、見破る力がないと、振り回されるので怖い。

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いきなり何でこんなことを書いたのかというと、先ほどクリーニング屋に取りに行って、その近所にあるソフトバンクショップに行き、スマートフォン機種変更の説明を聞いたから。 私の携帯の故障に続き、妻の携帯も調子が悪くなり、今夫婦間でスマフォの話題が盛り上がっているので。

2011年12月2日金曜日

順調

計測装置の開発関連で、ある部分は私が完全に関与する必要があり、自分待ちになっていた。久しぶりに実験室に篭る時間を作り、つい先ほど6時間ほどの作業が完了。

先月の部品の改良の結果の検証であったが、結果は良い感じである。今日はデータの詳細分析まではしなかったので、明日の朝にデータのチェックをする。多分、これで行けそうだ。ただ、部品は検証用に最低数しか発注していなかったので、月末の本調査までに追加生産が間に合うかどうか。

6時間のうち、1時間以上は、ロガーの設定で戸惑っていた。マニュアルの記載がその部分だけ貧弱で、試行錯誤でやっと設定できた。これは頻出不具合になりそうなので、きちんとまとめておくべき。

2011年11月30日水曜日

クラウド

押し出しファイリング時代から参考にしている野口悠紀雄氏の新刊を購入。前に買った、超超仕事法は、主としてGmailを使った仕事法で、クラウドの将来性にも触れた内容であったが、今回は、その内容がこの2年の間に深化したことが中心になっているように感じた。ということで、自分にとって関係のある部分は、前作と殆ど変化がないように感じた。ちょっと残念。本当に変化がないのか、その後獲得して実践していたから新しく感じなかったのか、どちらかは定かでないが。 ということで、ぱらぱら読みで20分くらいで読み終えた。

スマートフォンは、最近触手がのびているのだが、改めてこれを読んで、そろそろ潮時かと思った。今の携帯の契約が切れる4月には替えるだろうな。

浜崎あゆみ

プレストレストコンクリート技術協会のロゴマークは、浜崎あゆみのマークに似ているのと思うのは私だけか。5年以上前から一人提唱していた。

と思って、改めて左右に並べてみたら、そんなに似ていなかった。





ネクタイピン紛失

習慣で、ネクタイピンをしないと落ち着かないのだが、2つ持っていたネクタイピンを、ここ3か月くらいのうちに、2つとも紛失してしまい、どうしたものかと思っている。いや、「落ち着かない」は不正確で、洗面台で手を洗おうとすると、ネクタイに水がかかりそうになり、実際に支障をきたしている。


2つ連続って。

ちなみに、ネクタイピンを使う人は、平均何個持っているのだろう。

逸品 蛍光ペン

先日の休みにセミナーに参加する際に、蛍光ペンを忘れたのでコンビニで調達。これまで、蛍光ペンには不満を持っていて、あるメーカーのものは、液が浸透しすぎて裏写りするので、そうでないものを見つけてそれを使うようにしていた。コンビニでは、試し書きできないので、賭けだなと思っていると、何と裏写りしない固形インクのマーカーを発見した。

使ってみると、いい!目からうろこである。手元のペンを全部置き換えたいぐらいだ。不満はキャップが収納式でないこと(外国製だからか?日本製なら気が利いているはず。)、口紅のように塗るのでたまたまダマのようになりそれが他の部分を汚してしまうこと。本の場合、厚く塗ってしまって、本を閉じると、その向かいのページにもちょっと着いてしまう。ただし、これらの欠点を上回る使い勝手だ。

今思うと、4月頃かある女子学生が使っていたように思う。その際には、見せてもらっただけで、興味がわかなかったが。

 

2011年11月29日火曜日

良いものは良い 高尾山の事例

良いものは良い、名物は美味い(名物に美味いものは無しの逆)は、その通りと思う。先日、横浜国大コンクリート研のトレッキング同好会(正式名称は、検討中だが、細田先生によると「HCLT会」(Hayashi or Hosoda Concrete Lab Trekking)の第1回トレッキングを開催し、高尾山に登ってきた。

人が多いのは紅葉シーズンだから仕方がないが、いくつもの登山道または石畳(コンクリート)の参道のルートが整備され、ケーブルカーとリフトが運転され、いろいろな人に楽しめる、レジャースポットであった。緑に囲まれ、山頂からは、東京、横浜、相模湾などの展望も楽しめ、非日常を味わえる。

昔から、人ごみが苦手で(これは今では変わらない)、さらに、皆が良いというものを斜に構えるところがあったので、それは最近は大体は克服していると思うが、実は高尾山も大したことないだろうと思っていた。予想を裏切ってくれた。登山対象としては標高が低すぎるというのはあるが、これほど、立地条件や内容がバラエティーに富んでいるとは、魅力的だ。

トレッキング同好会に関しては、今回は、私の娘も含むおチビちゃんも参加したため、ハイキングであったが、このような家族連れイベントと、もっと汗をかける大人だけのイベントを織り交ぜながら、末永く続けていきたい。

次回は、地元神奈川ということで、丹沢が最有力。

日帰りでも、鍋割山、塔の岳など初級者でも楽しめる山はある。丹沢は大学時代は良く登った。子供が生まれてしばらくご無沙汰していたので、これをきっかけに始めたい。丹沢は、山の上だけでなく、周囲を山に囲まれて(一般車が入れない)車道を歩くマニアックなルートもあり、それはそれで面白い。

さて、登山か山岳かトレッキングか、という話題で、高校時代を思い出した。私の出身である「高松高等学校 山岳部」は伝統ある部であるが、学生時分、正式名称の変更は無理としても、新歓のチラシでは、何を前面に押しだそうということになり、ある年には、「トレッキング」とカッコいい?のにしたら、ドヤドヤと人が集まり、半年後にはドヤドヤと去って行ったのを思い出した。

土木分野でも、名前変更の話はもう古くて新しい話になっている。

さて、高松高校に関して言えば、私が在籍した当時は1学年の定員500名くらいであったのが、現在はほぼ半分にまで減っているという。それで、部活の頭数はそのままなので、部員の獲得競争になっているという。何かの産業に似ていて、興味深い。

国土学

先日記事を紹介した「何も言っていないに等しい」の文章の大石氏の著作、「国土学再考」が2年くらい買ったまま積読になっていたのを、読んだ。

国土学というと、堅苦しい話と思っていたら、予想を裏切られた。

諸外国では、紛争や虐殺で大量に人が死んだ歴史を持ち、それを克服することをベースに、物事の考えが立脚している。日本は、逆にそれはなく(原爆で大量に亡くなっているではないかという指摘は、その死者数の順位表を見ると、残念ながら入っていなかった。桁が違っている!)、地震等の災害で死んでいることが特徴である。

原則を曲げない諸外国(曲げないのが原則だから当たり前)と、原則は例外があるものと捉えてその場の雰囲気で丸く収める日本の違いは、全てそれから来ているという指摘は、多少の違和感はあるが、なるほどと受け入れてしまう。

道路整備についても、日欧の比較などよく見るデータがあるが、氏は、もっと踏み込んだ考察を持っており、講義資料としても使えそう。

論調は、曽野綾子を彷彿させて、歯切れが良い。

他にも国土学の著作があるので、読もうと思う。

先の土木学会会長の栢原 英郎氏も、日本人の国土観という本を出しており、既に購入済みで積読になっていたので、国土シリーズで読みたい。

怪しいH

駄文だが、苦笑した話。

某大学で、私から送ったメールがブロックされていることがわかり、仕事に支障が出ていたので、先方に調べていただいていた。

すると、スパムメールのフィルタで、名前 hayashi そのものがキーワードになってはじかれていることがわかった。H ayashi で、H、怪しい というキーワードが引っ掛かったらしい。

それはそうだけれども。

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最後の一文は、小林賢太郎を知らないと面白くないが。

2011年11月22日火曜日

自分の領域

昨日、土木工学教室の全学年交流イベントを開催した。コンクリート研が幹事であったが、M1を中心に企画運営をやってもらった。

中心になった倉田君には敬意を表している。ゼロから作り出すことの難しさはあったが、提案されたプランに彼が素朴な疑問を呈してくれたことが、幹事団の中でもやもやとしていたことに光を当てることになり、いろいろな人に配慮した会にできたのではないかと思っている。

さて、私もいくつかの部分のアテンドはした。教員と研究室、学部生の間を取り持つことが主であったが、ちょっと、いや、だいぶ心残りがある。一番大きいのは、1・3年生の講義と重なっていたのに気付かなかったことと、講義がなかった2年生の集客が悪かったことであろう。

いつも引用するが、失敗学の畑村洋太郎氏も書いているが、成熟した社会(団体)では、個々のメンバーが、干渉を恐れて自分の領域だと思うところが小さくなり、結果として組織として抜けが出る、ということであるが、まさにそのようなことを具現化したように思う。

教室会議では、「月曜の午後は学生は講義がないはずだから、11/21の15時くらいからはどうだろうか」ということが話題になり、その結果のみを聞いた林が幹事団の学生に対して、 その日時を提案されたと伝え、私及び幹事団は、それをあたかも与条件のように考えてしまった。

その後教室会議とのやり取りは続いたが、教室会議側は、たぶん、学生の講義の調整は解決済みだろうと考えていたのではないか。たたき台として提示したので、あとは幹事が調整すべきと。

お互いがお互いを、調べてくれているだろうと考えていたのだろう。ここで、1つの大きな齟齬が生じた。

通常であれば、その齟齬も、複数の視点のチェックが入ることによって誤りが指摘される。今回の場合、掲示や学部生への講義での周知であろう。

悪いことに、1か月以上前からの周知案内文には、「夕刻」しか書いていなかったので、学部生は多分必修の講義は避けた16:10以降だろうと考えたいたものと思われる。幹事団は、ある時期から15時と認識していたものの、具体内容が決まらなかったので、掲示を更新しなかった。決まった直後は、林が出張に出ていてそれを行わず、前週になって具体的な内容を、講義を担当する先生にチラシを配ってもらって周知した。その後、学生からメールがあり、講義と重なったことを知ることとなった。

当日は、自分がとっていた講義がたまたま休講だった学生や、講義が終わってから駆けつけてきてくれた学生が参加してくれたこととなった。


結論としては、
・お互いの領域に踏み込むように行動するように心がけることと、
・それができない(気づかない)ことがあることを考慮して、冗長性のあるように動かすこと、
そのハイブリッドな方法が大切。

2011年11月21日月曜日

フィードバック

たたき台を出して運用して、問題があればフィードバックしてもらい、修正する。柔軟に対応できているところもあれば、必ずしもうまくいっていないものもある。

今日の実験ミーティングの、共通で加筆するファイルの作り方一つにしても、よく考えたら私から、たたき台として出していただけなのだから、そのフィードバックをもらったというだけで、素直に変更したい。ミーティングでは悪あがきをしてしまったのは、至らぬところと、反省したい。もう一つ、提案(というかそこまで考えずに、たたき台を作ったのが本音だが)が1週で修正をされることになったのは、まだ甘かったということで、これも自分を磨きたい。

↓一つ下の記事、写真を掲載しました。

2011年11月16日水曜日

山口出張

JCIのデータベース委員会の全体会議のために、山口県へ1泊出張。

構造物の品質を高めることに特に配慮して実施している現場を見学することも委員会の目的であった。詳細は書けないが、現場のトップが品質向上に徹底的にこだわった結果、そこで働く人が生き生きして、細かいところまで配慮が行き渡っていることがよくわかった。こうありたい、と思う事例であった。では、どうすればそういうマネジメントができるのか。紐解いていきたい。

それに先立ち、小野田セメントの徳利窯も見学させていただいた。工場内の100年前の建築物も重厚で、未だに現役で使われていることに驚いた。ともに、地震が少ない地方だからこそ建物が残っているということであった。不便はあろうが、長く使うことのロマンを感じた。


その日はさらに大移動して、徳山にて懇親会と宿泊。翌日は、人間魚雷「回天」の記念館と発射訓練場を見学した。徳山港からフェリーで40分。のどかな海と、のどかな島であるが、そこで、壮絶なミッションを帯びた訓練が行われ、実際に戦地に旅立っていったことを初めて知った。発射訓練施設では実際のコンクリートの構造物、トンネルが、そのままの形で残されていた。その重みを考えると、言葉も出なかった。

忙しさにかまけて、下調べができなかったが、同行したN先生から回天に関する本を貸していただいた。それに加え、どうしても読みたい本が1冊わかったので、事後になるが、よく勉強したい。

終了後、今度は新幹線に乗って下関へ。4年半前に卒業した、S君が、道路管理者としてそこで働いている現場を訪れるために。同じ県内とはいえ、新幹線で1時間弱、山口県は横に長い。落橋防止、耐震補強の現場であり、事前設計では想定していない事態に対して、いろいろと苦労しながら良いものを作り上げていくことを見させていただいた。施工業者の方とも長時間話をさせていただき、勉強になったとともに、技術者の意地と誇りを感じた。

終了後は、前から訪れたかった関門海峡、別名、馬関海峡を満喫。単なる観光ではなく、回天の下調べができなかった反面、たまたま昔に手に入れていた1冊を含む、関門国道トンネル建設史関連を2冊読んできた。このトンネルは、戦前、戦中、戦後、GHQなど翻弄されながら、破砕帯の難工事を克服して開通にこぎつけるという、ドラマがあった。昨年、全面通行止めして、床版張替えなど行われている(その情報は、技術的なことは事前勉強できず)。そのトンネルを通れたことは素直に嬉しい。すなわち、下関トンネルの歩行者専用通路を、九州から本州へ歩いて海峡を渡った。その後、博物館を訪れたりなど、幕末の下関戦争に思いを馳せながら、バス発車までの時間を過ごす。こんなに狭い海峡にこれだけ頻繁に大型船が通るとは、素直な驚きだ。


時間がなかったので、空港リムジンバスの乗り場がある下関駅までタクシーで向かい、リムジンバスに乗ったら、何と1つめの停留所が、今までいた場所だったのには呆れたが、無事に空港にたどり着く。19時発の飛行機で、天気も良く、日本の夜景を見ながら、日本横断した。久々に夜景に感動。高松、岡山、神戸、大阪、名古屋、皆綺麗な夜景だった。そういえば、往路の飛行機も快晴で、富士山が綺麗だった。


2日目は半分は観光のように聞こえるが、歴史の勉強と、土木工学の勉強ということでご容赦いただきたい。

2011年11月13日日曜日

池田尚治先生の論文集のオンライン化

数年前から懸案事項になっていた、池田尚治先生が執筆した論説文・論文をオンライン化する作業を進めました。

まだ作業中ですが、論説文のほとんどは掲載しました。
http://concrete.cool.coocan.jp/ikeda/


なお、これらは、2002年に発行した冊子を基にしているので、その後の最近10年間についても、時間を見つけて作業を行います。

2011年11月12日土曜日

10000日

27歳4ヶ月と数日は、人生の記念すべき日、というのは、私が個人的に提唱しているものです。すなわち、生まれて10000日目です。対数(累乗)で考えると、10の4乗日。10の5乗日(270歳)を生きる人間は世の中にだれもいないことから、ある意味、工学的には人生の最終コーナーに差し掛かったともいえます。

お食い初めが100日目、1000日はほぼ3年で強引だけど七五三。累乗でキリが良い数字でお祝いするのは、珍しいことではありません(強引)。

自分の時は、自分でひっそりと祝ったような気がします。正確には、祝ったよりも、頑張らねばと決意を新たにした日だったように思います。その後、20代後半の人を見ると、そろそろかも、と思う習性がつきました。ただし、義理の妹にその旨メールしたら、一笑に付されましたが。

成人式の20歳は学生まっただ中で、なかなか社会人という気分は ないですが、27歳は、一般に就職してしばらく経ち、いろいろな問題にぶち当たってくる時期で、本当の意味での大人、社会人になる時期として、適当かなと思っています。

今日、6日前だけど、研究室の博士学生が10000日を迎えるので、ゼミの場で紹介しました。

ちなみに、日数の計算ができるのは、エクセルのおかげですね。


蛇足:私は個人の誕生日を覚えるのが苦手というか、あまり頭にありません。よくヒンシュクを買いますが。ハッピーマンデーが通用する(古来の日付が無視される)世の中だから、誕生日も週さえ合っていればよいかな、くらいです。半分冗談ですが。 この発想は、結婚する前の付き合っている時の妻の誕生日をすっかり忘れていて、午後になって「あっ」と思いだし、慌ててフォローしながら思ったことです。(妻もこのブログの読者)

やり方の間違い

かなりのショックだったが、今年も技術士を落ちた。昨年同様、専門問題はA判定で、一般問題がBだった。それに続き、いろいろとダメなことも続いた。春に出していた民間の研究助成金の応募も、落選。先月受けた、労働安全コンサルタントも、法令問題で躓いた。

いろいろと続くと、やっぱり、何かが足りないことをが明らかであるのが目の前に突き付けられてきて、ボディーブローのように。本質的な点として、求められている内容に応えられていないのだろう。

助成金に関しては、応募が秋に集中しているので、連日の締切であったが、他人に添削戴いたりで、やっと本質がわかってきたような気がする。数年前は、体裁のコツを体得し、科研も採択されるようになっていたが、今の段階では、体裁だけでなく内容も、脱皮が求められていたであろう。そういう観点から見ると、半年前の自分も、至らないところが良く見えてきた。この秋に応募したのが、半年後どう化けるか・・・。

で、試験勉強の件を考えると、モノの本では、受かることだけを考えよ、というアドバイスが多くある。順序立てて勉強することは、長い目で見てプラスかもしれないが、まずは受かってナンボの世界。よって、受かるためには、手段を選ばないことが必要である。そのことが徹底できていなかった、ことに改めて気づいた。自分の事として認識した。

技術士試験は、もちろん、そういう講座を受けなくても受かる人は受かる試験と思う。でも、きれいごとは言ってられない。出費は多少はあるが、きちんと添削を受ける、そのことによって、自分が天狗になっていた部分も鍛え直されるだろう。きちんと情報収集をすることも、鍛え直されるだろう。そういうプラスのスパイラルも得られると思う。自分が弱い部分の自己流勉強ほど怖いものはない。1年間、改善がなかったことが実証されたのだから。


と、先日過去の資料を見ていたら、4年前の技術士受験は、一般がAで専門がCだった時があった。すっかり忘れていた。その時の答案メモを見ると、社会資本整備の一般問題は、結構アグレッシブに書いていた。今は、参考書などのアドバイスに倣って(1回だけセミナー参加)、保守的になっていた。それもあるのかな。ちょっと希望が見えてきた。

労働安全コンサルタントの話も、今まで気づかなかったあるサイトの模範解答から自己採点すると、ぎりぎり合格に達しているかもという得点になった(今年は難しいという評判から、総合得点のボーダーが下がればの話。昨年足切になった法令問題が、足切りぎりぎりセーフになった。)。これも希望が。こちらの審判は12月下旬。

コンクリートの歌

2週間以上前になるが、JABEE中間審査後の教員懇親会の2次会で、カラオケに行った。私はかなり久しぶりで、副学長、専攻長を含む異色の6人(正確には、私も含めておっさん)でカラオケボックスに。至って普通に進行。最後の方で、ふと曲名検索で「コンクリート」を探したら、複数出てきてノリで片っ端から登録。誰も知らない歌ばかりであったが、H田先生は、即興替え歌詞で「(コンクリートの)養生最高!」などノリノリで歌っていた。それに触発され、その場の雰囲気でコンクリートの歌が必要だ、ということになった。さらに、世の中をよくするために政治の世界への進出も大事で、「コンクリー党」、「土木党(私には土木棟に聞こえる)」を作らねば、ということになって散会。久しぶりに弾けた夜だった。

ご存知?の通り、映画「コンクリート」は最悪であるが、今日の新聞でも、コンクリート詰め云々という事件は出てきている。

ブログ再開は、いつも変なネタだ。

2011年10月31日月曜日

2011年10月30日日曜日

インセンティブ

1週間前に参加した八ツ場ダム見学は、実りの多いものだったが、忘れないうちにきちんと要点をまとめておかねばと思いつつ、まだだ。いろいろなプレイヤー(国・県・ほか、法律、担当者)などは、良かれと思って進めている/制定されているのだろうけれども、何かの配慮が足りないために、結果としてうまくいっていないこともある、というのを感じた。具体的には、聞いてくれた人に直接話します。

うまくインセンティブを与えて、誘導することが必要である。もちろん、それが難しいのだが。一般論だが、インセンティブのことを考えずに単によいものを作った(つもり)だけで、ケアできていない例が多い。私の周囲で言えば、そのことをよく考えて織り込み済みの例が、山口県のひび割れ抑制対策しかり、コンクリート標準示方書の書き方しかり。

さて、私は、失敗学会の会員であるが、面白いインセンティブを見つけた。
http://www.shippai.org/shippai/html/index.php?name=news615

年次大会の案内なのだが、座席が、先着順の完全予約制になっていることが新鮮だった。学会の年次大会は、運営側として、参加登録を期限内にやってもらいたいのだが、なかなか登録してくれない。当日参加の人もいて、事務作業が大変になる。インセンティブとして、参加登録費について、ある期限をもって価格を高くすることは結構行われているが、会社の金で行く人にとってはあんまり関係ないかもしれない。座席指定だと、それが解決されそうである。

一般的な各種講習会は、たとえ早く登録しても、当日ちょっと遅く行くと、よい席に座れない場合がある。土木学会講堂の場合、さすがに立ち見はなくても、机のある席がなくて、椅子だけということもある。つまり、早く登録しても、当日聴講する権利を確実に確保するというだけで、それ以外は、区別がない。これはこれで意義はあるのだが、例えば、コンサートがそれだったら、大混乱に陥る。

きちんと行動する人が報われる、適切なインセンティブを与えるシステム、というのは、清清しさを感じる。わかっているな、というのを匂わせる。


ちなみに、失敗学会では、必ずしも失敗だけでない面白い講演会が企画されているので、興味のある人は頻繁にチェックされたし。私は、それとともに、参加者にも興味があり、人脈を広げたいと思っている。この学会は、失敗の専門家ではなく、機械や情報、などあらゆる業界(もちろん土木も?)の人が集まっているので、実はその業界で有名な人がいたりする。行事の報告には、会員、非会員問わず参加者がフルネームで示されている。

また、失敗学会の運営は、限られた人と予算でまわしているので、合理化がすごい、と感じている。そのやり方が、単にケチっているだけでなく、ひと捻りあるので、私は好きだ。 頭の体操のひとつとして、拝見している。

2011年10月26日水曜日

何も言っていないに等しい

日頃思っていたことを代弁していただいた、という記述を先日見つけたので、紹介する。リンクを読んでいただきたい。

http://www.jice.or.jp/archives/201110050.html

例えば、安全関連で、失敗をしたのちに、「気を付けます」、「はいわかりました」のやり取りも、まさに、「何もやっていないに等しい」。研究の打ち合わせやゼミ質疑答弁も、それに近いこともある。なんにでも言えること。

私自身、できていないことも多々あるが、そうならないように日頃から注意しているつもりだ。

2011年10月24日月曜日

インフルエンザ 予防接種

毎年、この日記に、インフルエンザ予防接種の事を書いていた気がしますが、今年も。私は自己防衛と、家族のために毎年接種します。

うちの研究室学生も、社会人として必要なことと考えて、受けてください。 1人罹患してしまうと、その対処だけで大変なことになります。

毎年の事だけれど、1月になってから、学生も慌てだします。効力を発揮するまで2週間くらいかかると聞いていますので、早めに越したことはありません。本当に効く、効かないは、専門家の意見は分かれていますが、素人が議論しても水掛け論に終わるでしょう。近年は、接種しない=社会責任を果たしていない、という評価もありますので、たった2500円でそれが担保でき・安心できるので、是非。

料金は2500円。保険証は不要。できれば事前に電話で問い合わせて、予約不要の医院を選ぶとよい。また、サービスに差がないようなので、変な話、人気のない医院にしておければ、待ち時間は少ないです。

新型インフルエンザが流行する前は、医院によって値段がまちまちで、2500~4500円くらいまで差がありましたが、近年は確か定額料金になっていると思います。

最近私が受けているところ(イコール、お客さんが少ないところ)は、こそっと教えます。

時間が取れないけれど、私は今週中に受けます。

2011年10月20日木曜日

八ツ場ダムが熱い

日本コンクリート工学会関東支部の若手会の代表を務めている。震災の3日後に計画していて流れたため、1年越しの計画となるが、明日から八ツ場ダムの見学に行く。

1年前は、今更何で八ツ場なの、という感じであったものの、馬淵大臣(当時)などいろいろあって、さらに、最近になって俄かに話題になっている。

コンクリートの学会だけれども、構造物を見に行くのではない。歴史的背景、公共事業の執行、地元の対応、などソフト的なことを学びに行く。この若手会は、土木、建築の分野の若手の委員がいるが、皆それぞれの専門分野に入り過ぎていて、多少なりとも公共事業に携わる身として、見識を広めることが主たる目的である。

3月の計画では日帰りだったが、その後予算も獲得(前代表のおかげ)し、1泊にすることで、さらに時間を増やし、事業者側だけでなく地元の方についてもアポイントをとって、お話を聞くことになっている。

事前に各種の本や委員で分担した下調べについては、コンクリート研夏合宿と同じように徹底している。私が自身のノルマにした本はまだ丸々1冊読めていないが、これは、論文の概略をつかむように1時間と追い込んで明日早朝の出発までには何とか目を通したい。


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うちの研究室学生へ。やつばだむ、って何ですか、という人がいたら、社会のこと知らな過ぎ。猛省を。

労働安全コンサルタント

本家のホームページに書いてあるが、今年の資格試験受験は、技術士と労働安全コンサルタントである。

昨日、労働安全コンサルタントを受けてきた。本務では、現場を使った面白いイベントがあったので、参加したかったが、この資格は今年にはカタをつけたかったので、泣く泣く不参加。

土木分野での受験者は東京会場では、230名くらいであったが、筆記試験が免除でない者、つまり技術士や一級土木施工管理技士を持たない者は、私を含めてたったの4名。受験者のほとんどは、年配の方である。

筆記試験は、構造力学と、施工に関する安全の話で、今年の筆記問題はそこそこクリアしたと思う(施工の実務経験がない私が、施工の安全について語って良いのか、という指摘は素直に受け止める)。昨年の不合格の理由だと思っている、5択問題の「法令」が、できた感じがしない。あらかじめ分かっていたので、そこを中心に1年間トレーニングしてきた、というほど意志は固くなく、2か月前に勉強をスタートしたものの、途中、あまりの本務の激務にすっ飛ばし、1週間前になって久々に参考書を開いたのである。

忙しいという理由は、事前にマネジメントできていないことの裏返しなので、忙しいことは理由にしたくないが、やっぱり最後の追い込み方法が完全でなかったことは悔やまれる。5割は頻出問題のアレンジだったので、そこをきちんと押さえておくべきだった。まったくの初めて目にした問題は、3割くらいで、これには面食らった。筆記試験の合否がわかるのは、12月22日。それをクリアしても、面接がある。

さて、もう一つ、技術士の筆記試験の結果発表まで、あと1週間。 今年は、できたと思うが・・・・。

2011年10月18日火曜日

どんぐり

先週日曜日は、久々の完全なオフで、子供と長時間一緒に過ごした。妻が一番詳しいが、私は昨年からドングリに興味を持ち始め、2、3年に1回しか実をつけないなど昨年になって初めて知った。昨年実をつけていたからといって、今年もあるとは限らない。

昨年は不作だったようだが、クヌギの木が今年は豊作だ。家の隣の大きな公園のクヌギの木は特定してあり、その日は、前日に雨風で落とされたのか、辺り一面、クヌギのドングリ。


ざっと100個くらい収穫した。昨年は、クリスマスリースを作ったが、一番存在感のあるクヌギが取れなかったので、友人からもらってきたものを使った。今年は、昨年はピンポイントで配置したクヌギだけで、豪華にリースが作れそうな数は揃った。

リースを作るのは、グルーガンという、熱で溶かした樹脂で接着するのだが(冷えると固まる)、くっつける順番を間違うと、入らない。すなわち、粒の大きなものから、貼っていかないと、最終的に入らなくなってしまう。

ついでに、昨年作ったリースの写真はこちら。


コンクリート中の骨材(いわゆる砂利)の配置と同じ。実積率(砂利の体積の割合)を高めるには、粗いのから細かいのまで適度に分布していることが必要。よって、数は揃ったのだが、くぬぎだけでは、単一粒度になってしまい、すわりが悪くなる。細かい別の種類のドングリもとらねば。


結局コンクリートかよ、と読者をがっかりさせて終了。

2011年10月15日土曜日

結局は人間

お役所の作る文章は、何となく「お役所的」な当たり障りのない文章だ、というイメージがある。執筆する人は人間なのに、どちらかというと、のっぺらぼうの印象になることが多い。

今年の国土交通白書(日付は前年度となり、2011(H22)年度版を指す)の「はじめに」は一味違う。是非読んでほしい。
http://www.mlit.go.jp/hakusyo/mlit/h22/index.html

私は毎年国土交通白書を読んでいるが、これまでは当たり障りのない、記憶に残らない「はじめに」だった。

誰が書いたのかは知らないが、勝手に推察するに、こういう熱い思いの文章は、だれか一人が草案を書いて、周囲から反対されることなく(むしろ賛同されたと思う)、通ったのだと思う。初めの一人が、当たり障りのない文章を書いていたら、周囲もあえてそれを「熱いもの」に変えろと反対することなく、通ったのだろうと思う。分担執筆の場合には、他者が本質的なダメ出しをすることは結構難しい。私の場合、委員会報告書などはそうだ。

人間味を感じて、ほろっときた。


なお、このネタは、私は、もしかしたら他人のブログで先に同様の指摘を読んだような記憶もなくはないが、忘れてしまって定かでない。ただし、先にブログを読んだとしても、私は毎年白書を読んでいる。(私の白書を読むモチベーションは、賞賛に値することではなく、技術士試験を落ち続けているだけ)

土木技術者資格

先日、複数の学生から、知らない、と言われたので、お知らせの意味を込めて書く。

学生が受験することができる、土木技術者資格は、以前は(今も)、技術士1次試験、国家公務員試験、があった(ある)。しかし、JABEEの認定を受けたことから、技術士1次試験は受ける必要がなくなってしまった。

数年前から、土木学会では、土木技術者の認定試験ができた。2級、1級、上級、特別上級があり、2級は学生でも受けられる。そして今年から制度ががらりと変わって、2級は、年中受けられるCBT試験となった(TOEFLのように、コンピューター受験)。(2級試験と、土木技術検定は本来は別物だが、とりあえず初めての人には、この説明で十分)

年中受けられるようになっても、2級合格の称号が得られるのは、11月末までに受験した場合で、それを過ぎると、合格は1年後になってしまう。ということなので、是非、興味のある人は今のうちに受けること。特にM1はこれから就職活動ということもあり、自己PRは藁にもすがる思いだと思うので。

大学院修士を出たら、社会人1年目でコンクリート技士を受けて、それは確実に受かって、翌年、それをパスポートにコンクリート診断士を受けてください。

意味不明

前に、飲み会の際にメモをする、という話を書いたと思う。ちょっといい話、ためになる話を聞いた際に、メモをしていてちゃんと吸収する、という目的だ。もう一つ、知ったかぶりのふりをして、後で調べ直す、というのもある。酒の席上での噂話を記録するものではない。(メモする際には、その辺のエチケットが必要)

いつもは、その日のうちにクラウド上のファイル(あえてクラウドと書きたかった)に記録し、いつでも引き出せるようにしているのだが、9月は出張と飲み会続きで、1か月くらい溜まっていた。先ほど、転記しようとしたら、8割くらい意味不明のキーワードの箸袋が出てきた。歴史上の有名な人物のような話を聞いて、話の腰を折らないために、メモして後で調べようと思っていたように思うが、そのフレーズをネットで検索しても出てこない。そもそも聞き取れていなかったのが悪い。直後であれば、前後の脈略から、ネットで探して同定できたであろうが、今となっては何を話していたか思い出せない。

画像でアップして誰かに助けを乞おうかとも思ったが、別の話をメモしたものであったら怖いので、やめておく。

2011年10月14日金曜日

きっかけ

先日、Y市の職員研修の初級の第一日目の講師を担当させていただいた。3時間半(実験時間を抜くと2時間半)で、鉄筋コンクリートの基礎、施工、耐久性の基本を講義するものである。これは、次回以降、別の講師により耐久性、維持管理、とステップアップしていく。

それほど専門分野的に難しい内容ではないのだが、必ずしもコンクリートを専門としてない人に理解していただくので、それなりに工夫はしたつもりだ。学問的には必ずしも正確でなくとも、イメージをつかんだり、示方書を読むために必要最低限の知識を持っていただくことも大事だろう。

さて、スライドで使用する写真は、全て自前の写真であることが望ましい。冒頭、つかみのために、いくつかの有名な構造物を紹介したが、シドニーオペラハウスは行ったことないので、Wikiから引用して、もちろん引用元も明記して使った。引用はかっこ悪く、やっぱり自前がいい。こういう仕事を続ける限り、講義資料などの写真を自前のものに置き換えていくのは、必要なことだろう。

アルカリ骨材反応、塩害、収縮などの写真は、これまで撮り溜めてきたつもりが、いざ資料を作ろうとなるとなかなか見つからないので苦労した。時系列には保存しているので、ないことはないのだが、それを探すのが大変だった。

やっぱり、使うためには、ことあるごとに整理していく必要を感じた。逆に、今回、強制的に講師として取りまとめる必要があったので、こうやってまとめることができたのだろうと思う。日本初の鉄筋コンクリートビルは、三井物産のビルで、横浜の日本大通りに建っているが、その職員研修の日に、近くだったのでわざとそこを通って、写真に収めることができた。10年来懸案になっていたことも、こうやって自分を追い込むことで実現できる。

今回、この講師を引き受けたおかげで、そういう資料も作っていくスイッチを入れることができたので、とても感謝している。一度スイッチが入れば、あとはどうにでも進んでいく。

他、時間内に発表を終わることや、聴衆の顔を見ながら適宜内容を変えていく等は、まだまだ不十分であったろうから、これも精進。

いろいろ経験をして、スイッチを入れていくことが、若いうちの大事なことではないか。

こんな連絡

今日送ったメールです。
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横浜国大コンクリート研 OB、OGの皆様

横浜国大 林(18期)です。
日に2回もイベントの連絡で申し訳ありません。

以前ご連絡した、山登り同好会について、詳細が決まりましたので
ご案内します。

1)趣旨
これまで研究室を中心に行ってきた、研究や各種情報交換、
OBの交流などを
目的とした繋がり以外に、肩ひじ張らずに参加できる、全くの趣味や楽しみだけ
の同好会があっても良いのではないかという話になりました。

一般的にはゴルフ同好会が作られることが多いですが、あいにく、身近には
そういう仲間がいなかったので、まずはゆるりと楽しめそうな山登り同好会を
結成することとなりました。
発起人らは子供がまだ小さい年代であったことから、子供連れでも気軽に楽しめる
こともメリットでした。

2)メンバー
成行き上、林が会長となりました。(高校、大学と山登り経験。登山インターハイ出場。)
現時点では、細田先生、●●さん、▲▲さんから入会表明を戴いています。
会員にならなくても、飛び入り参加大歓迎です。

3)運営方法
会員を厳密に管理するでもなく、行きたい人が誘い合って参加する
という形態をとりたいと思います。
学生に対しては、これまで同窓会関係の懇親会は、今は興味がなくても
続けることが人脈や視野を広げることになると半ば強制的に人集めして
いるところもありますが、この同好会は文字通り自由参加です。

他にも、これを刺激に、ゴルフ会、ツーリング会、芋煮会など、それぞれの分野で
自律的に展開していただければ幸いです。
そういう意味も込めて、今年から名簿をメンバー限定公開してお送りしている
次第です。

4)第1回山登りのご案内:
発起人の都合で申し訳ありませんが、
2011年11月12日(土)に、高尾山に登ることに決定しました。
時刻はまだ検討していませんが、現地集合現地解散で、
家族、恋人、大学に関係ない友達など、自由に集まってワイワイガヤガヤ
楽しみたいと思っています。
登山のための服装、道具などは、各自ご用意いただきたいと思います。
子連れも大歓迎です。
(林は、5歳、2歳の子供も連れて行く予定。)

林まで個別にメールで表明いただければと思いますが、
メンバーを見て参加したい人も実際にいることから、バーベキューと
同様に参加者は内部公開させていただきます。

参加者の書き込み欄:
http://●▲◆
パスワード:●▲◆

今回参加できない方で、山登りに興味がある方は、林までご連絡いただければ、
次回以降、優先的に日程調整のご案内を出せるかもしれません。

よろしくお願いします。

2011年10月9日日曜日

夏合宿反省会打ち上げ

先週であるが、夏合宿の幹事2名と私とで、反省会という名の飲み会を開いた。蓋を開ければ、3時間くらい、3人で話し込んだ。

夏合宿幹事に対して私が期待していたこと、伝えたかったことから、始まり、それ以外の話に。色々持ちネタは伝えたが、やっぱり生き方の話に。今私があることは、これまに着々と選択・行動して備えてきたものであること。もちろん、私自身がベストとは思わないが、自分なりの方向に対しては、一生懸命行動して積み上げてほしい。

こういう私のメッセージは、なかなか披露する機会がなかったので学生は新鮮だったようで、私もそれを怠っていたと思うので、これまでよりも頻繁に吐き出したい。

プロトタイプ完成

昨日は、とある用事で朝から長野県に行っていて、今朝朝一番で戻ってきた。と言っても、朝9時のバスに乗って、電車を乗り継ぎ、大学に戻ったのが14時半。とても長い移動だった。

さて、ずっと開発に携わっている、とある試験装置の計測システムについて、現場に持ち出すための収納装置等の製作作業を行って、先ほど完成。一部、不在中に届いていたはずの荷物が届いておらず、宅配便会社に問い合わせても扱った形跡なしということで、その部分は欠けたけれども、大勢に影響は無し。結構かっこいいものが完成した。

こうやって目の前に物が出来上がることは、これまでの私が経験してきたことの積み重ねであることは確かだ。このアイデアは前から頭に描いていて、今日は単に作業しただけのことであはあるが、これまでやってきたことの集大成の形の一つであることは確かなので、正直嬉しかった。

こだわり続けて実行して血肉になったことは、尊い。

2011年9月29日木曜日

コンクリート研 山登り同好会 発足

先ほど、某先生からの提案を受け、本日、コンクリート研 山登り同好会が発足した。成行き上、私が会長になった。ということで、OB・OG、現役関係なく、興味のある人で始めたいと思う。寒くなる前に、秋晴れの日に第一回を開催します。

2011年9月28日水曜日

趣旨を尊重して

研究に限らず、プロジェクトは、大きな目的、趣旨が大事である。それが間違っていたら、間違った方向に導いてしまう。

逆に、具体的な指示だけ出された際に、そのことの持つ目的、趣旨がわからないと、単に作業になってしまう。指示を与える側は、趣旨を明確にして公開することが大事で、指示を与えられた側は、直接聞くか、聞けない場合には自分で考えて趣旨を類推する働き掛けも大事である。結局、どちらも起こりうることなので、両方の立場で気を付けなければならない。

人間生活というか人間の営みそのものにも言える。意図的に攻撃されているのでなければ、本来は良かれと思って、何かを行動しているはずである。話し合ってみてやっとわかった、というのは、相手の本心に触れた際に分かり合えた結果だろう。その辺をくみ取ると、世の中の些細ないざこざは、その辺の推察が欠けているために起こっている気がする。

わたしはかつて、相手の言うこと、行動することそのものに目が行って、満足したり、しなかったりした。一喜一憂という感じかもしれない。でも、それがわかってくると、相手はこういうことを考えて、こうやろうとしているのだな、というのがだんだんわかってくる。そうすると、具体的な行動にアラが見えても、趣旨は間違っていないのだから、と寛容になれる。

例示としてはちょっとずれるが、いいだろう。もうすぐ5歳になる娘がやりたいことは全部やらそうと思って行動してきた。これは、後からねだられたりする後始末をしなくて良い、という夫としての身軽さなので、良いとこ取りと妻から言われそうだが。たとえば、ハサミを使いたくなった際も、趣旨を尊重して使わせた。次はカッターが使いたくなっても、もちろんサポートはしながら、使わせた。怪我するかどうかという悩みは、どちらかというと管理側の悩みであり、こちらの都合に過ぎないので、「使って何かを切りたい」という趣旨を尊重して、使わせた。似たような例として、日曜大工も、中断されたり、邪魔されるのは面倒であるが、リクエストに応えてきた。今では、同年代の中では、電動ドリルを使わせたら日本で5本の指には入ると自負している。強要をしたことはないが、やりたいと言ったらすべてやらせてきた結果に過ぎない。この分野で才能を発揮するとは思えないが、トライする、ということはすべての分野に通じることなので、それを願って。

ここまで来て、なんか、全く同じことを過去に書いた気もしたが、まあいいや。
最近またブログを沈黙していたので、再開がこんな話題だと、何か沈黙と関係あるかと思う人がいるかもしれないが、ない。別に人間関係に悩んでいたわけではない。

2011年9月22日木曜日

ダミー

先日、私のブログが、なぜか冒頭の記事の冒頭だけ文字化けするとの連絡を受けた。初耳だが、下の記事を読んでもらいたいので、ここにダミー投稿します。

研究室夏合宿の学生感想文

先週、仙台集合の2泊3日で研究室夏合宿を行いました。今回は、被災地をメインとして、宮城、岩手。全体の模様は、現在、合宿幹事の鈴木君、鈴木さんがブログ形式で作成中です。

例年、学生には感想文を書かせて、到着順に掲載しています。学生には、早く、と急かしておきながら掲載が遅れるのは申し訳なく、1週間経過した今日から、暫定的に私のブログにアップします。この記事1つだけにして、今後追記していくことにします。一度読んだ方でも、更新の日付を入れるので、追加で読んでいただければと思います。最終的には、研究室HPに統合して、ブログを削除予定ですが、しばらく暫定的にこの記事に追記で掲載します。

2011/9/25現在(ほぼ到着順)
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博士1年 小松怜史
当初は、夏合宿として団体で被災地を訪れることにいささか抵抗感があった。被災者の心情が分からなかったからだ。しかし現地の人たちと実際に会話する中で、その懸念も雲散し、私たちが目指す土木技術者の役割の重要性を改めて実感した。
自分にとって、東北の被災地を訪れるのは、3回目であった。被災前(3年前の夏合宿)、被災直後(1ヵ月後の震災調査)、そして今回(被災半年後の夏合宿)である。見聞きしたことを鵜呑みにするだけの3年前から、己でも考える姿勢が着き、着実に物の見方も変わってきていることを実感できた。不謹慎な言い方になるが、良質な事例を経時的に何度も見ることは、自分の土木技術者としての糧になると感じている。
二度とこのような失敗を繰り返さないように、世の中に貢献できる人材になるために、今後も積極的に機会を設けて、東北の被災地を見て回りたいと思う。

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修士1年 倉田 峻平
今回の夏合宿が被災地に設定されたとき,正直まだ早すぎるのではないかと思っていた。現地は復興の最中であり,ボランティア活動をするのではなく,ただ見学するだけの団体が行ってはいけないのではないかと考えていたからだ。しかし,土木を学ぶ人間として,復興する前に被災地の様子を見ておくということは非常に大事なことだということを,実際に行って感じた。

被害の甚大であった被災地として石巻,陸前戸倉・南三陸,釜石,宮古,田老を回った。
これらの中で,石巻を最初に見学した。自分の目で見る最初の被災地であった。ここで受けた衝撃はすごいものがあった。バスから降りてみると,そこは異様にのどかに感じた。かつては一面住宅地であったということだが,それを感じさせるのは残っている基礎の部分だけで,あとはほとんどがただの平地のようになっていた。ガレキの大部分は撤去されて,別の場所で山積みにされていた。石巻では自然な音となっているだろうが,いたるところからガレキの撤去等の作業の音がずっと響き渡っていた。その時自分には何も手伝うことはできなかったけれど,本当に心の底から一日も早い復興を願った。

次に,陸前戸倉・南三陸を見学した。陸前戸倉では,堤防や橋が仮設のものであったが,その桁のなくなった橋脚の周りを流れる川の水が綺麗で,魚も多く泳いでいたことが印象的であった。南三陸で最初に見たのが,水尻橋とその横の高架橋だ。水尻橋は横に橋が仮設されており,横の高架橋は橋台だけ残っていた。津波の威力と,高さを体で感じた。水尻橋の次には,防災対策庁舎を見に行った。ここで,津波到達の直前まで防災放送で避難を呼びかけていた遠藤未希さんのことを思うと,非常に感動した。自分の命を危険にさらして,地域住民のために頑張っていた姿を想像し,すごく立派な生き方をした人だと思った。昨年結婚したばかりで未来に大きな希望を抱いていただろうに,その状況の中で,本当に立派だと思った。その他にも防災対策庁舎に当時30人の方が残っていたが10人しか助からなかったということで,遠藤さん以外の職員の方にも尊敬の意を評したいと思う。ひとつ思うのは,住民のために最後まで避難を呼びかけないといけないくらいなら,何故この建物はもっと高台に造られなかったのかと,そこが悔まれる。

二日目の最初の被災地は,釜石であった。小さな町だという印象であったが,高台の建物以外はほぼ全てやられていた。大きな漁船が打ち上げられているのは有名であるが,この船が喫水8mくらいとして,それが打ち上がるほどの津波というのは,すさまじいが,想像するのは難しかった。また,引き波で海底が見えたというのも聞いてはいたが,想像するのは難しく恐ろしかった。
宮古は通り過ぎることしかできなかったのが少し残念であったが,youtubeの有名な黒い津波の映像の場所を実際に見ることができてよかった。

田老では,世界一の防潮堤の上を歩いた。世界一の防潮堤にも関わらず,無残にもやられていた。小松さんたちは以前の夏合宿で田老を訪ねたらしく,当時の光景とのあまりにもの違いに小松さんが寂しそうな顔をしていたのが印象的であった。災害を未然に防ぐ,もしくは軽減するためには,どの程度備えが必要なのか考えさせられる場所であった。崖にある,過去の津波の高さを示すものより今回の津波は高かったのが見て分かり,歴史的にみても未曾有の津波だったことが分かった。

以上,各見学地についてそれぞれ思ったことを感想で述べたが,各地域で規模は少々異なるが,どこをとっても非常に大きな被害であった。自分は被災した訳ではなく,半年間この被災地を訪れることもなかった。Newsを見ていても,日に日に震災への意識は薄れて興味を抱いていなかったのが事実である。しかし,横浜に戻ってNewsを見ると,明らかに以前とは違った目で見るようになった。現地の人々の気持ちも以前より考えるようになった。間違いなく,自分にとって貴重な経験ができた。日に日に今回の記憶などは薄れていくと思うが,たまにはこの感想文を自分で読み返してみたり,地図を眺めてみたり,撮影してきた写真を見ることで自分の中に刻み込んでいきたいと思う。

先生方,合宿係,各地域を調べてくれたみなさんに感謝します。
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修士1年 小宮 奈保子
今回、夏合宿に参加できて本当にいい経験ができた。例年行う土木構造物や施設の見学とは違い、今年は被災地の見学ということで去年とは全く違う合宿となった。現地に行って何があるわけでもなく、下調べなど自分自身の行動次第で得られるものが大きく変わると感じた。
実際に現地へ行くとただただ圧倒されるばかりであった。津波の被害を受けた地域は、事前に調べていたものが元の姿と大きく変わり、住宅地も基礎だけが残り、重機の音が響く街となっていた。半年たった今でもがれきは片付けられてなく、復興も進まないと言われているが、現地の人々が1日1日を生きていく姿を見て自分のやるべきことや将来のことを考えた。土木という分野は、人々の生活や命と密接に関わっており、本当に重要であると感じた。防波堤があったことで被害が抑えられたかもしれないが、しかし防波堤があったために安心感から逃げ遅れてしまった人もいる。土木技術者としては絶対に安全な構造物を造るのが望ましいけれど、それよりも非常時にいかに自分たちの命を守れるのかが大事であり、ハード面とソフト面と両方から対策をしていく必要があると思った。
貴重な機会をつくって下さった先生方、幹事の方、ありがとうございました。
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修士1年 藤原 麻希子
私は、今まで現場見学というのは行って、見るということに意味があると考えていました。しかし、今回の合宿を通して、実際に何を見て、何を感じるかは、すべて自分で考えて動かないと見えてこないし、自分のものにすることができないんだな、と感じました。事前に行く場所、被害の内容をDVDで知って、その場で“あぁ、ここだ、ここだ”というのは簡単だけど、そこから何を見出すかということはとても難しかったです。
自分自身の足で現場に立ってみると、数メートル水に浸かることの恐ろしさと、防潮堤の与える安心感、逃げ遅れの原因になったこと、水位の上昇も引き波の様子も見えない恐ろしさを実感しました。高くて立派な防潮堤こそ、逆に危険な状況に追い込まれているのかな、と思いました。今まで考えていた以上に、避難経路や訓練、思考回路などのソフト面が重要であることを知りました。

私は、不謹慎ではありますが、幸せなことに被災地に行く“きっかけ”を二度も与えてもらいました。前回はただただ驚くばかりで、調査についていくのに必死でしたが、今回少し落ち着いて、人々の暮らしも含めて見渡してみて、甚大な被害によって受けた被災者の心の傷はいくら考えても計り知れないし、決して代わってあげることはできないと思うと、本当に悲しくなりました。二度と、災害によって誰かに悲しい思いをさせないために、人々の生活を守れる技術者になりたいです。
最後に、忙しいなか、直前まで内容を詰めてくれて、当日バスの中での過ごし方にも配慮してくれた幹事の二人、きっかけを与えてくださった先生方に感謝いたします。ありがとうございました。
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修士2年 夏目 貴之
今回、夏合宿の行き先が東北地方となった時に、合宿の行き先としてテーマが大きすぎるのではないか、震災後半年では時期尚早なのではないかと思っていました。震災については、「何とかなるだろう、10年もすればいつのまにか元通りになるだろう」と考え、いつのまにか胸が苦しくなるような震災の情報は見ないようにして過ごしていました。しかし、夏合宿の行き先と決まり、じっくりと予習していく中で、テレビやネットのニュースでは知り得なかった被災地の生々しい実話の数々に愕然とすると同時に、如何に自分がこの震災から目を背けていたかを実感し、反省しました。そんな姿勢を改める機会として、しっかりと取り組もうと思い夏合宿へ参加しました。

よく言われることとして「伝聞することと実際に見ることでは全く違う」という言葉がありますが、
今回の合宿ほどそれを体感できたことはありませんでした。ガレキの山、見たことのない損傷を受けた家屋や橋梁、住宅地だった所にびっしりと生えた雑草、強烈な潮の匂い、地元の方と交わす挨拶、五感で感じるそれら全てと、被災時、被災前の動画や写真がリンクして人々が、どんなことを思いながら逃げ、あるいは立ち向かったのかと思うと、胸が締め付けられるような思いでした。と、同時に、二度とこのような災害を起こしたくない、そして、これから増々土木の重要性は増していくのだ、と感じました。

合宿が終わった今、来年度から新社会人として、インフラを造る企業の一員として、土木のエンジニアとして、また、一人の人間として、今できることは何だろう、これから先できることは何だろうと考えながら気持ちを新たにしています。
最後になりますが、合宿係の幹事として奮闘してくれた鈴木君、鈴木さん、本当にありがとうございました。また、長い道のりを走って頂いたバスの運転手さん、NEXCOの方々にも重ねてお礼をしたいと思います。

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学部4年 高田 康平 
今回は自身にとって初めての研究室での合宿でした。
震災当時は常に被災地の状況がテレビで流れていましたが,時間がたつにつれて落ち着いてくると普通の番組も流れるようになり現地の状況も少し落ち着いたのかなと思っていましたが,実際に沿岸地域に行ってみると整理され積み上げられた瓦礫,壁がなくなってしまった住宅,残された基礎や打ちあがった船,破壊された防潮堤など書ききれないほど多くのことから今回の震災の被害の大きさが感じ取れました。テレビを通して観るのと実際に現地で目の当たりにするのとでは受ける印象も違うし,このように大きな災害は自分が生きている間に何度も起こるものではないと思うからこそ学生の間に現地の状況を見ることは今後自分がエンジニアになる上で非常に大きな経験になったと思います。また壊れた橋から桁と橋脚の接続部や,防潮堤のコンクリートで覆われている中身など普段見ることができない部分を見られたことも大きな経験になったと思います。今しか見られないものを今のうちに見る機会があり本当によかったです。
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修士2年 青木 勇人
今回の合宿は,東北地方太平洋沖地震の被害にあった地域を訪れて勉強するという合宿であった.私は小学校一年生のとき西宮で阪神淡路大震災にあったが,今回の地震では津波被害がほとんどであり,被害の様子は全く違っていた.田老の現場を見て,防波堤などのハード面からのアプローチも限界があるように感じた.今回各地域を周ってずっと考えていたことがどうやったら家族,友人が生き延びれただろうかと言うことだった.土木技術者として将来働くわけだが,土木構造物は命に関わるものが多いし安全性や耐久性は最重要項目であると言える.しかし,自然の驚異は恐ろしいもので,私たちの自然災害に対する意識が高くないと生き延びることができないことを今回の合宿で痛感した.先日,小学校のみんなで同窓会をしたが,当時の地震で全員無事で良かったと痛感した.と同時に今回被害にあわれた方の悲しみは想像を絶するものであることも実感した.不謹慎かもしれないが,当時中学生のとき土木を志したのは地震の経験からきている.今回幸いにも助かった子供たちが将来土木技術者,あるいは漁業,医療,先生などで社会で活躍して,初めて復興したと呼べるのかなと感じました.
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修士1年 鈴木 洋美
今回合宿に参加するにあたって昨年と異なることが2つほどあった。被災地見学という現地では誰も解説をしてくれないこと、そして合宿幹事として運営側にいること。

合宿幹事としても合宿参加者としても、今回の合宿は下調べがとても重要になってくることに気がついたのは合宿が始まる2,3週間ほど前であった。NHKスペシャルのDVDを見たり、資料や本を読んだり、地図にいろいろ書き込んだり、そのときできる精一杯のことをやったつもりであった。しかし、合宿を終えた今、もっともっと調べてから参加したかったという気持ちが残った。

私が初めて見た被災現場は、今回被災地として最初に訪れた石巻に向かう途中の東部道路からの景色だった。何もない更地、津波によって流された車の山、そして堤防のように高く積み上げられた瓦礫の山であった。ただただ、うわぁ。という声しか出なかった。写真も映像もたくさん見てきたはずなのに、生の現場は想像を絶した。

落橋した橋、大破した防潮堤、防波堤。写真で見るものより生々しく、人間の無力さを痛感した。明治昭和と大津波を経験し、それらを考慮して造られた田老地区の防潮堤が崩壊しているのを見て、何も言葉が出なかった。土木技術者として何ができるのか、考えたけど答えは出ず、ただただ敗北感に浸るだけしかできなかった。

今回は例年と違って、解説者は誰もいない。しかしそんな中、バスドライバーの佐藤さんの話はとても貴重であった。現地に着くと佐藤さんも降りてきてくれて解説してくれたり、被災現場を見せるためにわざわざ道を変更して走ってくれたり、こちらの要望に臨機応変に応じてくれたり、幹事としても佐藤さんの存在はとても大きかった。

また、今回被災地に訪れて、被災者が一番前向きなんだということを感じた。石巻の「がんばろう!石巻」の看板、訪れた被災地で生活している人びとからの「ご苦労様」の声、道を聞いても何一つ嫌な顔をしない被災者たち。とても胸が熱くなり、申し訳ない気持ちでいっぱいになった。

今回は合宿幹事として合宿を作り上げる立場であったが、正直とても大変だった。先生方とのたくさんの打ち合わせ、学生との意見交換、バス会社との連携、そして被災地ということでどこを訪れて何を見るか時間配分はどうかなど、事細かに行程を詰めていかなければいけないことが何よりも大変だった。何を見たら学生が多くを学べるか、または感じられるか。現地の状況も分からないし、合宿の計画段階と実際合宿に行くときでは状況が変わっているかもしれない、などいろんなことを考え、林さんと何度もぶつかりながら合宿直前まで準備をした。合宿当日も時間配分や行程の確認、下調べの発表、走行中の解説など気が抜けない時間が続き大変だった。しかし、合宿が終わった今、私は幹事をやってよかったって思っている。今思えば、幹事2人でやった気でいたが、多くの学生、とくにM1にはたくさん助けてもらったし、林さんからもいろいろ指摘をもらいながらみんなで合宿を作り上げたことの喜びと安心感を実感している。25人とう団体をまとめること、そしてみんなに多くのことを感じてもらうこと、合宿がスムーズにいくこと、いろいろ考えて準備して、結果大きな問題もなく合宿は終わったけれど、幹事でなかったら学ぶこと、感じることはもっと少なかったように思える。同じことをやるにしても主体的にやるのとそうでないとで学べる量も今後の生活に活かせるかどうかも変わってくることが良く分かった合宿だった。

幹事としても参加者としても、多くのことを学べた合宿となった。被災地で感じたこと、運営側として学んだことを決して忘れないように、インプットしてさらに今後の学生生活、人生にアウトプットできたらいいと思う。
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学部4年 木村 彩永佳
被災地に行ってみて
大震災が起こり,土木という分野の重要性や責任の大きさ等を改めて実感することが多くなりました。そして,いろんなことを見たり知ったり勉強しました。しかし,実際に町を目にすると,考える余裕が無く,変わり果てた光景に信じられないと思ったり,自然の恐ろしさを感じたりすることでいっぱいいっぱいになってしまうこともありました。ただ,その場だけでは終わらず,今後も課題や目標を見つけたり,意識を変えるきっかけになる貴重な経験ができたことは,見たことがあるだけで終えることが無いよう,自分にも社会にも活かさなければと思いました。

事前学習について
今回の合宿にむけて,地域の被害や橋梁について調べ,皆で共有しました。それが非常に重要だと感じました。特に津波の被害は,跡形もなくなっていることもあり,初めて行く場所ではそこに住宅や田畑があったことが信じられません。瓦礫をみても,惨いとしか思えません。しかし,少し調べたり津波の来襲時の様子の動画をみるだけで,全然違うものが見えました。

さいごに
私にとっては,最初で最後となる研究室の夏合宿でした。しかし今回私は,津波の被害を受けた橋梁の調査班として参加しました。なので,合宿の行程に全ては参加できなかったのですが,たくさん学び,たくさん感じ,いろんな思いや考えをもつことができました。そして研究室の皆とも話したり,話を聞いたり,腕相撲をしたりでき,本当に充実した数日間でした。これも合宿の段取りを組んでくれた幹事や先生方のおかげ様です。ありがとうございました。
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修士2年 重野 達雄
今回の夏合宿は,過去2年間の夏合宿以上に「感じる」ことの多い夏合宿であったと思います。
初日に訪れたNEXCO東日本さんの●●橋では,供用中の道路橋の地震被害並びに経年劣化を見学させていただきました。建設中の道路橋の見学は今までにも経験がありましたが,車両がすぐ隣を通る中での現場見学は,まさにそこが現場であり,そこで働く方々の姿を今までの見学以上に感じることができたと思います。また,質疑回答の場では,我々の研究的な視点による質問と,NEXCO東日本さんの実務的な視点による回答を聞き,非常に興味深い時間を過ごすことができました。非常に危険が伴う中,私たち大人数の見学を受け入れていただいたNEXCO東日本の方々には貴重な機会を設けていただき感謝したいと思います。
次に,今回の夏合宿のメインともいうべき,被災地訪問に関して。私は昨夏に両親と三陸を旅行しており,今回の夏合宿で訪問する場所のいくつかをその際に訪れていたため,訪れていた場所では震災前の町並みを知っていたため現在の光景に頭が混乱しそうになるほどでした。昨夏に訪れていない場所も含め,「何もない」のです。現実には何もないということではなく,瓦礫の山であったり廃車が山積みされていたりしているわけですが,心情としては「何もない」でした。また,予習の際に調べた情報が現地にて一致した際に,予習した時点で想像していた様子とは違った光景を目の当たりにし,津波の脅威というものを少しでも現実的に捉えられることができたのかと思います。そんな中,瓦礫の山の隣で土砂の中から咲いていたアサガオの花が生きる力を体現していてとても印象的でした。
今回の夏合宿は,今しか見ることのできない,その点で非常に貴重で価値のある夏合宿であったと感じています。先生方をはじめ,貴重なお言葉の数々をいただいたOBの梅津さん,幹事の鈴木君,鈴木さん,そして今回の夏合宿に関わった全ての方々に感謝したいと思います。
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学部4年 岩本 佳典
今回の合宿で津波の被害を受けた地域を見てまわり、二ユースや事前学習で現地がどのような状況かわかってはいましたが、やはりとてもショックを受けました。
実際に自分の足で見てまわると、被害の大きさがダイレクトに感じられ、私は家が神奈川にあり海からも近いこともあり、もし自分の住んでいる地域が津波に襲われたなら家はただではすまないし、知っている人が大勢命を落とすかもしれないと他人事には思えませんでした。
とくに、2度の大津波を受けて造られた田老の防潮堤が壊れていたのが印象的で土木は人の命を預かっていると強く感じられました。
いろいろと衝撃が大きい3日間だったけど、楽しい合宿を企画していただきとても感謝です。
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学部4年 佐藤 啓介
今回がコンクリート研究室に配属されて初めての合宿で、さらにその初めて東日本大震災という特殊な状況下ということもあり非常に充実した三日間だった。
初日のNEXCOさんの●●橋見学では供用中の橋梁の被害を目の当たりにし、桁が8cm下がってしまったことをどう修繕するのか、またどの程度の被害までなら修繕の必要がないのかといった現場の判断が気になった。
津波による被災地を見学した際、住宅地が跡形も無くなったというよりは初めから荒野だったのではないかと感じた程に悲惨な光景で、実感が全く湧かなかった。しかし、橋脚だけが残って桁が流失してしまった橋梁や三階の窓が割れているビルなどがあると津波の規模とエネルギーの恐ろしさを痛感できた。
田老の防潮堤については事前の下調べを担当していたこともあり、被災前の歴史や今の状況との比較をすることができ、技術者として学べた点があった。
全体を通してせっかく東北の被災地に赴いたのに酷いとかすごいといった一般的な見学者としての視点から感じたことが多く、技術者として吸収し成長できたはずのものが少なかった。来年の今頃は被災地もずいぶん復興しているだろうし、今しか学ぶことができない瞬間を100%自分のものにするような意識で臨みたい。そのためにも事前の下調べや現地での行動を改めていきたい。
また合宿幹事である鈴木貢太さん鈴木洋美さん、企画進行お疲れ様でした。本当にありがとうございます。
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修士1年 鈴木 貢太
今回の夏合宿は幹事として自ら企画したものであった。見学地が被災地ということもあって、今までの合宿とは違い、場所の選定をするにもどこを選んで良いかもわからないし、どのようなルートを通ればいいのかも分からないという状態だった。林さんとも何度も打ち合わせを重ね、何度も衝突し、少しずつ進めていった。なんで幹事なんてやったのだろうと思ったこともあったが、終わってみるとやはり充実感はあった。もう少しうまくマネジメントできたのではないか、などと考えたりもしたが研究室のメンバーが今回の特別な合宿を通して各々が何かを感じてくれれば、それで幹事としてはとても嬉しいことであるとも思う。
夏合宿の中身の感想は、普段見れないものを見れた貴重な経験だったと思う。●●橋の見学もこういう機会がなければ絶対に見ることのできない現場で、NEXCOの方々が日々努力して構造物を管理しているのだなということを感じた。
被災地は実際に訪れてみると、言葉にならない光景であった。ほんとにそこに住宅があったのか、と思わせるような土地が広がっていたり、絶対そこにはないはずのものが普通に道端に転がっていたり。幹事をしていていろいろ調べ物をすることで、様々な地域のバックグラウンドに触れる機会があったので、そういうことを知って実際の現地を見てみると涙が出そうになった。今まで地震は恐いということは思ってても、津波が恐いというのは漠然としたイメージしかなかったが、今回の合宿を通して津波の恐ろしさを肌で感じることができた。
++++++++++(2011/9/22 18時ここまで掲載)
学部4年 錦織 勇人 
 今回の合宿で私が学んだことは「百聞は一見にしかず」ということでありました。 
 誰もが同じことを感じていることはわかっていたので、違うことを書きたかったのですが考えれば考えるほどに「百聞は一見にしかず」という言葉に帰することになってしまいました。
 私の実家は茨城県鹿嶋市にあり、地震の影響で実家も傾き、道の電柱は倒れ、道路は波打ち、場所によっては液状化が発生するなど、私の地元も被災しました。その光景を見ていたし自分の実家も壊れているので横浜にいる間は自分自身が被災者であり、実家に帰省したときに散々地震の爪痕を見ていたので、合宿で被災地を訪れると聞いたときは正直あまり行きたいとは思いませんでした。
自分の認識の中では東北の被災と地元の被災のレベルは遥かに違うと思ってはいましたが、地元が被災していることから多少軽視している部分があったと思います。
 しかし、実際に東北を訪れると半年でずいぶん綺麗になったと言ってもまだまだ手つかずの箇所が多く見受けられ更地に積み上げられた車や防災対策庁舎には強く心を打たれ、今まで自分がどれだけ幸せであったのかを実感しました。
 土木構造物を見て学ぶこともとても重要であると思いますが、今回のように今しか見れなく、被災地という特別な地を訪れ、実際に肌で感じることエンジニアにとって非常に重要であるということを感じました。
来年は私たちの学年が幹事となりますが、先輩方の素晴らしい幹事力に負けないように来年もさらに実りのある合宿にできるように努力したいと思います。
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学部4年 森本 恭史
 今回、東日本大震災が起きた宮城、岩手に訪れた。合宿の前日から観光気分で初めは車で回っていた。しかし、あちらこちらで地震の傷跡が残っていた。繁華街では地震の影響で地面がずれて店が開けないところがあった。また少し山岳部に行けば、多くのところで土砂崩れがあり、橋梁が破壊されているところもありました。それを目の当たりにしたそこにいた人、全員が息を呑んだ瞬間だった。私は、ここで一般的な見学ではないと感じた。とてつもない緊張感が自分の中に現れた。
 次の日、NEXCOさんの●●橋を見学した。大きな橋梁が地震によりボルトが破壊され、ずれていた。あちらこちらでこのような現象があるのだろうと思った。全て修復するのに一体どれくらいの月日、費用がかかるのか、またどれくらいだったら許容できる壊れ方なのか、と思った。
 そして、昼からは次の日にかけて津波による被害を受けた地域を見学した。津波の被害は甚大ではなかった。全てを消してしまっていた。当然のように合った町並みが野原になって、そしてゴミや木材、瓦礫の山が形成されていた。未だに現地は被災していて、人々が戦っている様子はすさまじかった。津波の発生位置も関係していると思うが住む位置により、被害状況がかなり違っていた。田老のみなと橋、堤防が津波により破壊され、津波の影響がどれほどのものかを物語っていた。津波や地震、その他の自然災害は日本に住んでいれば、必ず受けるものである。強いものを造るのが技術者に求められているのではないと改めて実感した。修復、また再生するのに簡単に造れる技術が必要だと感じた。
 今回の被災された方に、心よりご冥福をお祈りします。
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学部4年 高柳 豊
  1日目に行ったNEXCOさんの●●橋では,自分の研究テーマと関係するような劣化が見られ非常に参考になりました.アルカリ骨材反応による橋軸方向のひび割れやコンクリートの剥落などは水の供給により劣化が進んだと説明があったのですが,凍害が関係しているのか分からず勉強不足であることを痛感しました.
 被災地の見学では,テレビや雑誌などのメディアである程度被災地の現状を理解しているつもりでいたのですが実物を前にして自分の認識の甘さを強く感じました.瓦礫の山や倒壊した家屋などを実際に見ることで津波による被害の恐ろしさを感じました.見学地の中で最も印象に残っているのは田老地区の防潮堤で,あんなに大きな防潮堤が壊れその内側の地区でも大きな被害が出ていることを実際に見て大きな衝撃を受けると同時に1日目に感じた津波の恐怖がさらに強く印象付けられました.
 今回の夏合宿で被災地の現状を見たことで,土木の重要性というものを強く感じるとともに自分が勉強していることはどう社会に還元されていくのかということも感じることができたと思います.また,被災地で見た「がんばろう石巻」などといった多くの看板やのぼりから被災地の方々が復興に向け前向きに取り組む姿勢を感じ,たくさんのエネルギーを頂きました.このエネルギーを糧に今まで以上に努力して研究に取り組んでいきたいと思います.
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修士1年 渡辺 優樹
合宿初日の午前は,NEXCO東日本さんの現在供用中の道路橋の現場視察をさせていただいた。橋台支承部の震災状況,桁端部の劣化状況等を視察したのだが,最も印象に残っているのは橋の軸方向に沿って発生しているひび割れおよびそこから析出しているエフロである。NEXCO東日本さんの詳細な分析によりそれはASRによるものと判定されていたのだが,この軸方向にそって生じる現象は,自身のB4のときの研究テーマで携わった現象(凍害の場合)と非常に酷似しており,そこから瞬時にフィードバック出来たことに非常に満足している。初日の午後からは,今回の合宿の目的である被災地見学である。事前予習ということで,幹事の2人,林さんから様々な予習用の資料を用意していただいた。特に幹事の2人にはいろいろ四苦八苦しながら良質な資料・課題を考案していただき非常に感謝している。資料は一通り目を通し,津波の脅威というものを少しでも頭の中で現実的に捉えらるように努力した。林さんから提供していただいた吉村昭さんの「三
陸海岸大津波」では,非常に生々しく,隠れて涙を流しながら読んだ。よく未曾有のだとか想定外の津波と言われているが,この本を読んだ結果、今回の津波は完全に想定できないというのは疑問である。実際に見学した宮古市田老地区を例にとる。田老地区では、「万里の長城」とも称される世界一の防潮堤の上を歩いた。そこで最も驚いたのは,二重ある防潮堤の一重目の内側に建造物が存在していたことである過去の2つの巨大な津波を教訓にして二重の防潮堤にしたにもかかわらず,一重目に家屋が建ってしまったのは、津波を想定できなかったのではなく、時代の流れとともに過去の恐怖が薄れた結果によるものだと思われる。吉村さんの言うように、人知を超える自然のエネルギーを前にすれば、万全という予知・対策はないと思われるが,田老地区に関して言うと,一重目の内側にある建造物は自然災害に対する怠慢とも感じて取れた。三陸海岸の津波の歴史は海に囲まれる日本国民すべてが共有すべき記憶であるが,最もあってはならないことは過去の記憶が時間が経つにつれて薄れていくことであると思われる。ましてや土木技術者は特にである。そういった意味で,自身が土木技術者になる前に今回のように被災直後の今しか見ることの出来ない貴重な体験が出来て本当によかったと思っている。また,事前予習のおかげで実際に被災地を見学するときに,ある程度冷静に,そして津波被害のメカニズムを分析的に見ることが出来た。これもまた,事前に資料・課題を与えてくれた幹事2人の努力のおかげだと思っている。再びありがとう。
++++++++++(2011/9/25 9時ここまで掲載)
D2 Usman Akmal
The Concrete Laboratory of Civil Engineering Department of Yokohama National University, Japan, organizes a summer trip every year. This is always been an informative trip and helps broadening student’s vision regarding civil engineering in many ways.

This year, this trip was organized to visit the Sendai prefecture areas, damaged by the Great East Japan Earthquake on March 11, 2011. I have only seen the destruction and loss of life on TV news caused by this great earthquake and big tsunami triggered by earthquake. However, when I visited the place during the summer trip, I was surprised after observing the actual scale of destruction caused by this disaster. Whole towns were wiped away by tsunami. We have seen how the infrastructure was damaged by observing the destruction of large bridges, railway networks, electrical poles, roads and even big flood protection walls. In Japan, normally people use wood for construction of houses. However, it was observed that only the buildings or houses, constructed by concrete, could only survive in this tsunami and all buildings, constructed by wood, were washed away. Regarding bridges, in Japan most of the bridges are already retrofitted against the earthquake.  On the other hand they were not designed or retrofitted for big tsunamis like this. So, in most of the bridges it was observed that the deck slabs were blown up and away by the big tsunami. Damages in the piers were also observed.

Being a civil engineer and research student, from this trip, I realized that there are number of big challenges that the whole society of civil engineers have to face, in order to save the precious life of people and important infrastructure in such big disasters.

At the end, I am really thankful for my teachers and organizing members for arranging such a thought provoking trip.
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学部4年 尾関 淳 
 まず地震が起きた311日、私は家の中で揺れを感じた後、NHKから流れる映像に目を奪われ続けていました。その映像はまるで映画のようで、現実のものだとは思えなかったことを覚えています。衝撃的な映像は後日も繰り返し放送され、同時に報道される被害状況の数字は増える一方でした。そのような報道を傾聴していると、自分の学んでいる土木工学の大切さが否応なしに身にしみました。
しかし時間が経つにつれ自分の関心が、地震や津波による直接的被害から、原子力発電所の問題にシフトしてしまっていました。
合宿中の感想を述べる場で、自分とは遠いところで起きているという感覚を覚えてしまったと数人の方々が言っていましたが、それは私も同様でした。そのことからか、いつの間にか、より自分自身に直接影響が出る可能性のある、また現在進行形で進んでいる原発問題の方にばかりが、気がかりになっている自分がいました。

 合宿がはじまり、NEXCOの被害状況や被災地の現状を実際に目の当たりにすると、頭の中では理解していたつもりだったにも関わらず、信じられないと思うようなことばかりでした。また瓦礫の山や落橋してそのままの状態の橋、荒れ果てたままの民家などを見て、原発だけではなくこちらも決して終わった事ではなく、あの日から半年以上継続しいているものなのだという事を、改めて思い知りました。
 また同時に、NEXCOを始めとした建設業界や現地の人々による復旧・復興作業は確実に進んでいるのだという事も実感しました。まだまだ課題は山積みだという事は聞いていましたし実際に感じましたが、スピーディにほとんどの区間で利用可能となった高速道路、ほとんど瓦礫の整理が終わっている地域、新たに架けられていた仮橋など、現状でも被災当初の映像からは想像のつかない復旧状況で、とても感心しました。
 
 私は来年から社会人となり、土木の仕事をしていきますが、今回のような壮絶な現場に足を踏み入れることは、一生に一度あるかないかの経験であると思います。そのような貴重な場で学び・肌で感じた、土木という分野の大切さ・素晴らしさというものを忘れることなく社会に出ていこうと思います。
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修士2年 長沼 光
 最後の夏合宿を終え、私にとって夏合宿は地震について考える合宿であった(B4時は欠席し、M1時は阪神淡路大震災がテーマの一つだったため)。
 私は今回の夏合宿の予習の中で、この地域は何十mの津波が来たということや浸水域は海から何百mということを把握していた。しかし具体的にどういう津波なのかということは頭の中で想像できなかった。実際に壊れた市街地や防波堤、橋があった跡を現地で見学して本当にこの高さまで水が来ていたのかと衝撃を受けた。
 さらにその被害の広さにも衝撃を受けた。調査班として福島県の新地から宮城、岩手まで全域ではないが、沿岸部を北上した。何キロ、何十キロ進んでも津波により被害を受けた町や集落が続いていた。被害の広さから今回の震災の恐ろしさや、どうやって活気を取り戻せばいいのかと考えさせられた。この経験をただ見学に行ったということでなく、今後に生かしたいと私は思っている。今回の合宿で感じたことを忘れずに、具体的にどう生かす生かせるかを考えながら、耐震がテーマである研究や社会人での活動につなげたい。
++++++++++(2011/9/27 14時 ここまで掲載)

2011年9月2日金曜日

遅まきながら同窓会

7月9日に行われた、横浜国立大学コンクリート研の集合写真を掲示します。それ以外は後日。



2011年8月31日水曜日

いい感じ

夏合宿の計画を、担当の鈴木君、鈴木さんとずっと話し合ってきたが、昨晩のほかのM1も含めた合計2時間ほどの打ち合わせで、そこそこよい方向になってきたように思っている。
研究室の方針として、教員もサポートはするが、基本的には学生が主体となってマネジメントしてほしかったので、昨年よりももっと、これまでだいぶ突き放した対応をしてきた。いろいろな意見が出ることは、合宿に限らず当たり前なので、それを調整したり、参加者のニーズを改めて確認したりで、その時々で、構成員が納得できるものを作り上げるプロセスを実施してほしいというのが願いだ。結果として見学がスムーズにできるかどうかは、それに比べると、どうでもよいと思っている。上から与えられたものを単にこなすのは、本研究室の合宿ではない! この思いも、適宜解説して伝えないと、単にいじめているように思われるのが関の山なので、適宜解説してきたつもりだが、合宿係だけにだったので、他の学生に伝える機会がなかった。そういう交流もできたことも含めて、昨日の打ち合わせをあの段階で開けたのはよかったと思う。
バックグラウンドでは、学生が連日遅くまで話し合って、結構考えてくれたようなので、それがよくわかってうれしかった。

解説がほとんどない合宿なので、教員側から、見所や、キーワードを複数提示したし、現地でもマイクを使って、適宜解説することにしようと思い、その思いは昨日話した。

私は、気持ちが高ぶると、よく寝付けないのか、その内容の夢を見る。早速今朝、三陸を皆でバスに乗っている夢を見た。いい感じだ。

あと2週間をきりましたが、合宿係を中心に完全燃焼していきましょう

下記のブログについて

下記において、急遽募集と書いたブログ先が、午前1~8時が、なんと定期メンテナンスで、夜中に気づいても閲覧できないことが判明。出発は7時なのに。なんと、運の悪いことか。仮に参加したい人がいても、手も足も出ませんね。

2011年8月30日火曜日

明日の栃木見学会 急遽欠員募集

朝7時出発、栃木のダム、日光東照宮、東武ワールドスクエアです。
こちらの記事を見てください。
http://blog.goo.ne.jp/akira_hosoda_kengaku/

2011年8月27日土曜日

準優勝

本日はコンクリートカヌー大会当日。雨も危惧されましたが、何とか持ちました。

途中、色々省略しますが、横浜国立大学チーム「グラスホッパー」号は見事「準優勝」を勝ち取りました。挑戦6回目にして、やっと2位までたどり着きました。素直におめでとう、と言いたい。

カヌーブログにも、昨晩の壮行会にも何も触れられていませんでしたが、グラスホッパーとは、今年のカヌーの愛称です。と、わざわざ書いたのは、私が名付け親だから。あまり定着していないのかなぁ。


今頃は私以外、埼玉で打ち上げをしている頃ですが、荷物運搬の運転以外にも、明日の定期停電前にどうしても大学で作業することがあり、大学に戻ってきました。渋滞と、途中研究の備品も購入したり寄り道していたら3時間以上もかかりました。


2011年8月25日木曜日

宮古・田老

津波の調査、のための現地打ち合わせということで、8/23-24で一泊で宮古に行ってきた。1泊とはいっても、正午に大学を出て、夕方に盛岡という行程だったので、気分的には1日半。

現場調査はこれまでは目の色を変えて準備をしてきたと思うが、結局前後の仕事に追われて、最低限の時間をかけて準備をして現地に乗り込んだので、いろいろと不備もあったものの致命的なことは回避できたので良しとしよう。作業靴を忘れたのが一番大きかったが、盛岡で購入して事なきを得た。

橋の落橋現場を訪れると、その多くは既に片付けが済んでいて、何もない。特に、先に入っている長岡技大の話を聞くと、あの北リアス線の島越駅周辺が、すっかり更地になっているとのこと。半年近く経つのだから仕方がないとはいえ、驚き。5月に乗り込んで徹底的に計測しておいたことが、本当に貴重なこととなった。


夏合宿でも訪れるため、結果としてその下見にもなったと思う。

いろいろと段取り系、フィードバック系で溜まっていることが多いので、とにかくこなしたい。

2011年8月20日土曜日

目からうろこ

とある試験装置の開発を行っているが、本格的な改良のため、工場に図面を持ち込んで打ち合わせ。シンプルな形状にせねば、と思って設計していたが、先方から、「NC(自動加工)で行うから、複雑な形状でも大丈夫だよ」と。「え、そうなの?今まで苦労したのが何だ。」

他にも、直接関係なくても気になっていることを、あえて聞いてみると、簡単に答えが返ってきて解決することも複数あり、よい打ち合わせだった。

専門家に聞け、とはこのこと。

モバイルスイカ壊れる

モバイルスイカが動かないことに、気づく。土曜日に使ったのが最後で、水曜日に電車ではなく駐車場で使おうとして動かなかった。たまたま不具合かと思って気にしなかったが、その夜、23日から1泊で岩手へ津波調査へ出かけるのに際してモバイルスイカで新幹線を予約しようとしたら、ログインできずエラー。いろいろやってもだめ。結局2日後の今晩、ソフトバンクショップで見て貰った所、お財布ケータイ機能のみ故障のため修理が必要との診断。

周囲から、iPhoneにしないの?、と聞かれることも多いが、唯一携帯電話に対して恩恵を感じていたのがモバイルスイカだけだったので、まったく興味がなかった。最近になって、やっと、お財布ケータイ機能のスマートフォンも出てきたので、検討に値するようになったが。

ということで、修理をすべきなのだろうが、2週間くらいかかるのが、ネック。お財布機能以外はまったく支障はないので、とりあえず修理せずにそのままにした。2週間ほど前のように、ほぼ毎日東京出張の時期だったら、厳しかったが、今は一段落している。

半分冗談だが、妻の携帯とまったく同じ機種を使っているので、いっそのこと、simカードとデータ全部を入れ替えようかなとも思っている。色が変わるが、まったく無頓着なので、お互い別にOKと。修理代が惜しいわけではないが、何だか無駄な気もしている。

とりあえず、suicaを持たずに歩くのは不便なので、引き出しから古いsuicaカードを探さなければ。



2011年8月17日水曜日

夏休み総括

今日から、大学出勤。

昨日まで5日間、大学を離れて、家族と一緒に過ごした。途中、妻の夏休みということで、1日だけだが、妻抜きで、子供二人と終日過ごした。日々時間に追われてろくに家族全員で一緒にご飯を食べていなかったことに改めて気づかされた5日間だった。夏休み数日前から、娘が、パパの夏休みと言ってカウントダウンをして楽しみにしていたことが、私としては驚きであったが、子供にしてみれば、朝と夜に会わなかったら出張でもないのに2日間会わないこともしょっちゅうだったので、そう感じるのも無理はない。

恥ずかしながら、この年まで、セミの羽化を見たことがなかった。ある日、早起きして見に行こうと思って3時起きのつもりが結局5時になり、行ったところで不発。では、と、その晩、21時に行ったところ、予想に反して、既に羽化が始まっており、抜け殻の横で真っ白の羽を伸ばして休んでいるのが多数。こんなに早く終わっていたなんて、知らなかった。その日だけで、一人で小一時間歩き回り、30匹以上の羽化が終わったばかりの姿を見る。本当の羽化を見に行きたい、さらに、羽化する前のセミの幼虫が歩いているところを見てみたい、との思いが募る。

翌晩は、娘を連れて、19時半に行くと、 大正解。セミの幼虫って、こんなに速く歩くものかと、驚いた。娘も大興奮。往路で見つけた幼虫が、復路では半分羽化しているのを確認し、これまた感激。

当初、羽化しそうなセミを家に持って帰って続きを見ようと思っていたが、実際にその姿を見ると、頑張れ、と可愛くなってきて、そんな思いはどっかに吹き飛んでしまう。

セミの羽化に対して、敷居を高くしていたが、こんなにも簡単に見られるとは、目から鱗だった。普段見失っていた、モノの考え方、行動力について、気づいた夏休みだった。

次は、セミの幼虫が、地中から出る瞬間も見てみたい。ここまで来ると、マニアックだが。

先週の、車なし1週間に加えて、良い経験をした。

2011年8月8日月曜日

技術士筆記試験 総括

今年も技術士の筆記試験が終わった。試験時間は、6時間。パシフィコ横浜の展示場ホールに1000人ほどの受験者がずらっと並んで受験する様は異様であったが、さらに驚きは、私の大学同期S君が真後ろの席だったこと。

さて、客観的にみて、今年はできたと思う。例年かどうかは忘れたが少なくとも昨年はコンクリートの専門問題はA判定、一般問題でBだった。その観点から、少なくとも一般問題は明らかに向上して、合格点に達したろうと思う。専門も、昨年同様のできた感はある。昨年もできた、と日記に書いたと思うが、自画自賛だったようで、「客観度」が今年は洗練された。

まだ受かっていないので、総括となるとおこがましいのだが、思っていることを。

この試験は、数年前受けた当初思ったし、知人も同じ感想を持っていたが、「試験なので必ずしも技術力を評価するものではなく受験テクニックが存在する」。そして、「だから意味がない」と当初は思った。でも技術士は、特に土木系の実務では求められていることから、そんなことは構ってなくて合格することが大事なのはわかる。それに気づいた人から、どんどん賢く卒業していくのだろう。

大学教員として、レポートやテストの採点をしていると、たまにいる、題意に沿っていない回答は評価に苦しむ。裏を返せば、技術士の採点者であっても同じだ。技術を持っていても、それを相手にPRできなければ、技術を持っていないに等しい、という厳しい現実。これは、大学教員として、研究資金の公募の申請書を書く際にも繋がることに改めて気づかされた。求められていることを適切にアピールすること、結局は人生の縮図である。それは、日常会話でも同じこと。

もうひとつ。今年は仕事が忙しくて勉強ができなかった、との声も聞こえるし、私もそういう言い訳をしていた。でも、多かれ少なかれ、皆同じ。昨日受けたほぼ全員が同じ言い訳をしていることだろう。これも、技術士を受けたいのであれば、それを少なくとも自分でマネジメントして、ちょっとでも時間を割く、家族のケアにしても、他で頑張っておけば大事な時期はわかってもらえるはず。

完璧でなくても、それらをケアしてきた人が、受かる試験ではないかと、改めて感じた。もちろん、天才肌の人は、何もなくて一発で行けるだろうが、それも縮図。

私の場合、今年大きかったのは、1ヶ月前の土木学会の10000円の講習に参加して、かつ、手を挙げて直接採点してもらったこと。前述の一般問題をチェックしてもらったおかげで、自分の実力を知った。その後、自分なりに過去最大の忙しさが続いて、技術士に関してまた嫌になったものの、1ヶ月前の衝撃が頭に少しなりとも残っていたことで、普段の学会誌や専門誌を読む中で、キーワードを広げる努力はしたと思う。

一皮向けたような気がするし、これで、なんとなく前学期(大学教員なので、そういう気持ちが強い。別に今日から夏休みではない。単に講義が無いだけで仕事はある。)が終わった気もするので、気持ちを切り替えたい。

P.S.前回の日記で書いた、プリウスαの、営業マンからの電話。「その後、いかがですか。」

2011年8月2日火曜日

不規則な健康

日記更新が途絶えていました。FaceBookにはまり過ぎて、日記をかくモチベーションがなくなった、のではありません。FaceBookアカウントは作ったけれども、あまり書き込みはしていません。
色々とやるべきこと、考えるべきことが溜まってくると、余裕がなくなってくるパターンでした。

そこから脱したわけではないけれど、コントロールできるようになった気もしてきたので、とりえあえず書くペースを取り戻すことが大事、と思って書き始めました。途絶えると、ハードルが上がる気がしますが、気にしても仕方がありません。

明日から、私以外の家族(+親族)がバカンスのため、明日から1週間は一人暮らしとなります。実際には、私が立て込んでいることを加味して、一人にしてくれたというのもあるけれど。よって、それなりの成果を出さなければ。

車が使えなくなるので、明日から1週間、車なしの生活になります。これは、ある意味新鮮なこと。車があると、結局、遅くまで大学にいたり、ということにつながっているので、見直すきっかけにしたいと思います。

何度か書いていますが、私は普段、基本は毎日朝4時起きを目指しています。その際、22時には寝ることを目標にして、睡眠は確保します。とはいえ、やるべきことのために、深夜2時頃まで大学にいて、車で帰って、ということも多々あります。結構不規則です。寝る時間が一定でないのは、体に悪いけれど、睡眠時間は確保しているつもりです。不規則だけど、健康、というパターンです。

もしかして、時差ボケには強いのかもしれません。最近海外に行っていないので、その辺はよくわからないけれども。

P.S. たまたま修理で訪れたトヨタのディーラーで、プリウスαを試乗してしまった。5人乗りなら、今注文したら、納車は2月で、減税にも、次回車検にも間に合うとのこと。うーん。

2011年7月26日火曜日

自転車

2週間前のこととなるが、大阪の出張の際には、学会や委員会だけでなく、自分の研究のための打ち合わせを設定したり、アクティブに動いたつもりだ。帰ってきても自分が進める研究や代表を務める委員会の方向付けをしたり、あわただしい中でも充実している。

とはいえ、いくつかの事も出来ていないことは確かで、パンクしないように自転車を漕いでいる状態でもある。現場の測定もやり残したことがあり、その追加実験を今週に設定することになった。鉄は熱いうちに打っておかないと、ということで、私の空きがそこしかなかったので仕方がない。

致命的にならないように段取りと実行するに尽きる。

いつも似たような日記になっているのは認識している。

2011年7月15日金曜日

盲点

大学概要のパンフレットをぱらぱら見ていて、真鶴(という臨海部)に大学の施設があることを、今更ながら知った。暴露実験のフィールドとして使えるかもしれない。

2011年7月11日月曜日

大阪へ

先週土曜日は、同窓会。一応大成功、と評価しておく。

今日の夕方から、大阪へ移動。3日間、JCIの学会。殆ど委員会や別途設定した打ち合わせが詰まっている。体調に気を使いながら、燃焼したい。

2011年7月8日金曜日

バスが好き

目的地に移動するトリップとして、鉄道を乗り継ぎ、最後の一手がないときに、バスを使おうと考えることが一般的に多いだろう。どちらかというと消極的に。しかし、ピンポイントでバス路線を発見できれば、積極的に使える。

学会でいえば、四谷の土木学会と半蔵門の日本コンクリート工学会は、鉄道では直接つながれていないと認識しているが、バスに乗ったら1本なので、会議のハシゴがあるときには何度か利用したことがある。ただし、降りるバス停が名前だけではよくわからなくて不安になるが。

自宅は、最寄りのJR駅に向かうと10分強歩くのだが、近くのバス停からバスに乗ると、やや乗車時間はあるのだが、JRとは全く逆方向の、桜木町や関内にダイレクトに行ける。明日は山下町で同窓会が行われるので、いかに外気に触れる時間を短くして会場にたどり着けるかを考えると、まずバスで行くことが思い浮かんだ。結果として選んだのは、バスの桜木町乗換え。バスを乗り継げば、会場近くまでたどり着くので、降りてからの歩行時間も短い。

自宅から大学への通勤も、直通のバスはないのだが、マニアックなルートがあるので、バスを浅間町で乗り換えれば、電車と変わらない時間で着ける。これは、1限の時間帯には間に合わないのが残念だが、車で行けないときには結構使っている。おなじ集合住宅に住んでいる某先生は、これを通勤常用ルートにしている。

2011年7月7日木曜日

まとめること

これまで、構造物の写真を撮ってきたり、色々な研究の知識を得てきたが、それをアウトプットする機会が少なかったためか、きちんと整理していないことに気づき、愕然とした。

教員をしているがコンクリート系の講義を受け持っていない、という外的要因もあるが、とにかくその時々にきちんとまとめていないことに尽きる。

最近、発表したい、話題提供したいという内なる思いが出てきたのもあるし、後は自分から仕掛けたプロジェクトを実行するためにはプレゼンをして相手を説得しなければならない機会が少なからずでてきたこともある。

よって、今更ながら、何かのきっかけにかこつけて、ワードやパワーポイントにまとめることにしようと決意した。

技術士の勉強にしても、アセットマネジメントやライフサイクルコスト、などもうろ覚えのことが多い。講義資料やプレゼン資料を作るつもりでまとめていくのが、私には合っている気がする。

ひとつのことに複数の目的をもたせる、という、この日記を読まれる方は、多分これを開く前に読んだであろう某先生のブログにも書いてあったと思うが、まさにその通り。

90分の4

今日は終日土木学会講堂にてセミナーに参加。ただし研究関連ではなく、技術士受験のための1ヶ月前講習会であった。よってもちろん自腹参加である。内容は、実際に模擬試験を受けて解説を頂く、と言うものだ。1万円という技術士講習会にしては格安であるため、個別答案の採点は行ってもらえない。

最近実践しているのは、何かやらなければならない時には、強制的なものを自ら設定して自分を追い込むことである。技術士は何度も受けていて、さすがに今年は受からねばと思っているが、なかなか自分から進んで時間を作って対策(試験勉強)をしてこなかった。が、それでは昨年と同じになってしまうので、たまたま情報を得た、土木学会関東支部のこのセミナーに申し込んだ。

今日は、ちょっと短縮バージョンで午前と午後の計2問について解くのであったが、添削は、予め用意されたものではなく、会場から希望する者それぞれ2人ということが発表された。午前は、時間配分のミスもあり、終了時間になってもまだ手を動かしてたので(本番なら失格だ!)、そのお呼びがかかった際には、下を向いて書いていて、顔を上げたら既に決まっていた。とはいえ、手を上げなかった自分にちょっとふがいなさを感じていた。

午後の一般問題では、やっぱりこの場を最大限に利用しない手はない、ということで、決意して手を挙げたら、私以外他に殆ど手は上がらずに、すんなり決まった。90人の前で、私の原稿がpdf化されて映し出されるのは恥ずかしい気もするが、名前が出るわけでもなく、誰もなんとも思うわけがない。実際、私以外の3人だって、私が見ていて個人的には何も感じていない。ということは、結局恥ずかしいというのは実体の無いものだ。

蓋を開けてみると、けっこうできた、と思っていた解答が、講師の先生から、悪い点を数多く指摘された。午前の1人目のように、全体的に良いですね、という言葉は無かった。よって、B判定ぐらいだろう。B判定は1個でもあったら、不合格。仮に手を挙げなくて、他人の添削を聞きながら自己採点をしたとしても、自分の欠点は見えにくいのか、ここまでシビアには採点できなかったと思う。手を挙げても、手を挙げなくても、参加費1万円に変わりはない。でも、手を挙げて、当たった4人に対しては、これほどコストパフォーマンスが高いものは無いだろう。

ということで、まとめると、

1)恥ずかしいのは、実は実体はないことが多い。
2)積極的に行動する、しない、は自分次第。
3)強制的に何かに取り組む時間を設定してしまえば、忙しくても処理できる。(こういう会に申し込むこと)


なお、昨日の学生との研究打ち合わせでも、関係する今月の学会委員会において、私が話題提供することを立候補する、と学生に公言した。こうやって設定してしまえば、私も動くし、その学生も資料作りを手伝うことになって、必ず手を動かすことになる。(委員会の先生にはまだ言っていないので、連絡せねば)

他にも、あるグループにおいて話題提供の発表が必要で、後回しになっていたものでも、別の勉強会の場を使って、自ら発表すると立候補をしてしまえば、結局資料は作らざるを得なくなる。そのおかげで、すぐにできた。

こうやってマネジメントするのが非常に有効。

2011年7月4日月曜日

天災と国防

明治大正昭和にかけて活躍した、物理学者・作家の寺田寅彦の文章は、3.11の震災後に注目されている、というのは知っていたが、今回初めて読んだ。

私は本文の前に必ず解説を読むのだが、解説は畑村洋太郎氏が書いている。なんと、38ページにわたる力作だ。変な話、この解説を読むだけでも買う価値はあると思った。震災後に執筆された畑村氏の本や記事は意識して読んだことがなかったので、 私にとって、これが初となる。原子力事故の本質なども、鋭く指摘している。

今、まだ本文を数ページ読んだだけだが、これが100年近く前に書かれた文章なのに、一切色あせていない。人間の行為、浅はかさなどは、どの時代にも変わりの無いようだ。





昨日の新聞にて。放射性廃棄物を1万年保管することの、技術的ではない側面について書かれたコラムを読んで、響いた。1万年前は石器時代であり、1万年後の我々が何か意思疎通ができているか?1万年後はどうだろうか。国家が現在の形態かどうかも、言葉が通じるかもわからない。絵で描いても、伝わるかわからない。科学の進歩をもってすれば、言葉の解読など、これまでの1万年とこれからの1万年はまったく次元が違うという考えもあるが、本能的に心配になる。「原子力教団」という、メンバーが後継者を選びながら、廃棄物の意味、危険性について継承する集団、という概念が1984年に提唱されていたことが非常に興味深い。

話は飛ぶが、物事には、技術的側面と、人間が関与する側面があり、世の中の仕組みなどは、実際には後者で動かされていること、世の中の不具合も後者が実は多いこと、ということに最近強く思うようになっていて、その辺を工学としてどうやって取り入れていくかが、今後の研究課題のような気がしているが、何も手を付けていない。前に書いたが、「建設社会学」を研究、実践されている、柴山先生につながると思う。

2011年7月3日日曜日

長所と短所の取り扱い

短所を改善しようとするよりも長所を伸ばす、ということは、よく言われることだし、私も30前後から、そのように思えるようになってきて、現在もそうしている。

その長所が何かということにどれだけ早く気づけるかが、問題と思う。

最近考えているのは、その対極にある短所はどうやればいいのだろうか、ということ。自己分析をして、短所が何かわかり、さらに大事なのはその解決策も同時に提示されている状態であれば、長所を伸ばすことに対してまだ余力があれば、その短所の改善に力を割く、という感じだろうか。

あくまでも、限定つきだ。①解決策がなくて、おろおろするのであれば、悩んでも仕方がない。その時には短所は気にしないこと。②解決策ある場合にも、長所を伸ばす努力は怠ってはならないし、優先順位を間違えないこと。

・・・執筆中だが、とりあえずストップ。続きは後日。

ここ1週間以上考えていたこと

半年前には予想もしなかったくらい忙しい。N先生から、博士を取ったら、忙殺されるとアドバイス(忠告?)をされていたことが、よみがえってくる。

委員会7つ、というのは、やりすぎな気もするが、これが安全マージンがゼロの本当の打止めであろう。次からは、多分断ると思います。先日まで、5個で、これで終わりと思っていたら、さらに魅力的な、出るべきと思った委員会にお声がかかり、参加の返事をした。

代表としての委員会が1つあるので、これは何が何でもマネジメントしなければならない。既にちょっと遅れ気味だが、次の一手、これからの動きが頭の中で固まってきている。

それ以外は、全て、今取り組んでいる研究にリンクさせている(そういうものを選んでいる)ので、これらをドライビングフォースに、研究も進めるしかない。単に雑用という委員会には、幸いにも参加していないので、幸せなことだろう。

学内でも研究打ち合わせや、各種プロジェクトの遂行がある。学生も講義等で結構忙しいようで学生数名とのミーティングですら、空き時間を探すのが困難なほど。お互いのためにも、だらだら続くミーティングは避けようと思っている。

そのためには、どうやって効率よく仕事をこなして行くか、自分の向上のために動くか、という自己マネジメントが欠かせない。半分できている自分と、そうでない部分とが混在していて、たまに、自己嫌悪になることも多いが、基本的には今が楽しい。

ただ、今は全てを回すことに注力するのではなく、ある論文を書くことを中心に生活を持っていきながら、できる範囲で上記の委員会をやる、という風にシフトしている。そのことが、今の私のミッションなので、そのようにやらせていただきます。

示方書勉強会

昨日土曜日は、示方書勉強会。数年が経過して、色々変革しながら、今に至っている。前回の名古屋場所の時には、津波調査に行っていたし、その前は体調不良で欠席したので、本当に久しぶりだ。

これまで話題提供は、ほとんどできていなかったが、今回は2件準備して、1件発表した。スライドが多すぎて長すぎたというのは別件で反省すべきにせよ、このメンバーから質問、コメントをいただけたことは有意義だった。懇親会でも、ある図について、私が意図していない印象を受けたことがわかり、必ずしも意図したようには伝わらないことを実感。こうやって指摘していただいたおかげで、ブラッシュアップできる。スライドの最後に、ひとつ、笑いのネタを仕込もうと思って前日まで覚えていたのが、その後忘れていたことを、今気づいたので、これは次回の改訂で。

このガチンコ勝負の勉強会は、正直これまで、受身が多かった。もう、受身はやめて、毎回魅力的な話題提供ができるように心がけたい。この目標設定も、日々のモチベーションを高めるために。

全ての方向で、真剣勝負ができるほどの能力は持ち合わせていないが、本質をキャッチしてリンク付ける能力は鍛えられる道場といえよう。こちらも、漠然と聞いていてはいけない。

さて、発表しなかったほうの資料作りで前日寝不足だったので、当日は懇親会2次会でダウン。そこでのマスタ-から、われわれ30前半組の3名に対して、エールを送られたのが、印象的だった。黙ってなくてもっと話せ、さらけ出せ、というエールだったように思う。

四捨五入で40に

誕生日は個人情報だからと、師匠から厳しく言われてきたこともあり、公開することはちょっとはばかられてきた。とはいえ、その先生も、私が指摘するまでご本人は認識されていなかったが、著作の代表作の巻末の著者説明の欄に、誕生日の年月日が載っている。

分別がついてリスクも踏まえた上での自己責任であれば公開しても良かろう。そう思ったのが6月に入ってから。Facebookでは、誕生日が近くなると、そのアラートが周囲に出るようなので、誕生日直前になって公開するのも、まるで、自分で祝ってくれと言っているように思われるのは癪なので、誕生日が過ぎてから、日付を公開した。

前置きが長くなったが、先々週、35歳になった(←結局公開していないじゃないか)。年を取ったなぁというのが正直なところ。四捨五入したら40だし、周囲での尊敬する人、活躍する人の35歳の時と比べると、劣っているように思えて、萎縮してしまいそうだが、そこは気にしても仕方がない。

もちろん、別のところで、日々研鑽を積むことと、今やるべきことを外さずに行うこと、を続けていけば、よい。比べることではなくて、これをできているかどうかで、反省をすべき。

2011年6月24日金曜日

薄型

作業着を新調した。これから暑い夏の現場調査が控えているので、暑さ対策として。化繊が中心の薄い上下を購入。

今日はそれを着て、共同研究先の建設現場の調査。幸い、日陰の部分で作業をしたことと、結構風が吹いてくれたので、過酷まではいかなかったが、それなりに暑かった。90分で1回休憩をとって、何とか1日を終えた。

1か月後には、この現場で2日間の本測定が待っている。実験のスキルを身に着ける以外に、体力をつけること、暑さに慣れること、も大事だと今日はひしひしと感じた。多分、講義で参加できない学生を補うために、何人か初心者も連れて行くことになるので、ここはきちんとトレーニングさせておかないと、事故も起こりかねない。

2011年6月23日木曜日

大中小

日によってまちまちなのだが、朝4、5時に起きて仕事をしてから職場に向かっている。どうしようもない時は3時起き。しかし、夜遅い時は日付が変わって帰ってきて、朝7時過ぎても寝ていることもある。リズムが一定になっていないのはよくないとは思いつつ、改善しにくい。一番厄介なのは、朝6時半ごろに起きた時。PCを開いて仕事をするには時間がちょっと足りないという心理的ハードルがあり、結局新聞をだらだら読んでしまうことも多い。

本来はたとえ10分でもやることはあり、PCを開かなくても、手帳で1日の日程を確認したりするだけでも重要なことだし、じっと思考するだけでも研究者としては重要な時間である。


先日本屋で、詳細を忘れたが、1秒も無駄にしない仕事法のようなタイトルの新書をパラパラ見てみると、1分の空き時間、10分の空き時間、60分の空き時間がそれぞれできた時に、対応した複数のやるべきことを常に用意しているというような趣旨が書かれていた。結局だれも一緒な訳ね。

さらに先日読んだ、失敗学・創造学の分野の中尾政之先生の本でも、上司である畑村洋太郎先生は常に、「研究費は何かのタイミングで降ってくることもあるので、常に、100万円、1000万円、1億円のそれぞれの研究テーマを用意しておき、すぐに飛びつける状態にしておけ」という趣旨のことを言っておられた、と書かれていた。なるほど。通じるものがある。

2011年6月21日火曜日

飲み会メモ魔

委員会後の飲み会などにおいて、私はメモを取る癖がある。題して「箸袋メモ」。癖というよりかは、実践の賜物だが。

私は忘れやすいので、ありがたい情報はメモを取るしかないと思って愚直に実践しているだけだ。本の紹介等、さらっと言われることもあるが、どうしても忘れてしまうので。さすがに、飲み会ではオフレコの話もあるので、なんでも記録に残すつもりはないが、その辺はマナーとして参加した方に不快感を与えないようにメモの取り方にも気を付けなければならない。

飲み会でメモを取る人は意外に多いが、それをきちんと文章に起こして、フィードバックしている人は少ないのではないか。 私も数か月前までは、家に箸袋が大量に溜まって、読み返しても意味が不明の殴り書きが多かった。それでは意味がないと一念発起し、フィードバックする手法を構築した。Googleのオンラインフォルダに入れたファイルに追記しているので、大学でも家でも、どこにいてもデータが蓄積できる。


先日、その飲み会で細田先生から紹介された、「永遠のO(ゼロ)」は素晴らしかった。(日記、ブログでも紹介をいただいていたかもしれないが、後回しにして、存在を忘れていた。)帰ってから「箸袋メモ」を見て、すぐにAmazonで購入。






太平洋戦争の特攻隊員の話である。Amazonの評価が五段階で4.4点をとっている時点で、読むべき本とわかるだろうし、そちらの書評を見てもらった方が良いだろう。

他人の書評と同じように、私も感極まって何度も涙を流し、読み終えた際、脱力して、30分間は何も動けず、ひたすら反芻していた。

戦争の暗い時代の話だが、人として生きることの素晴らしさを改めて感じさせてくれた。私が読んだ中で、少なくとも過去1年に読んだ中でベストの作品と言える。

文庫内の書評を児玉清が書いていること自体も、先日亡くなったこともあって何かオーバーラップさせるものがあり、これも泣ける。


山口県の構造物の品質評価に関わってきているが、山口に行ったら、田村先生に紹介いただいた通り、回天の練習場跡地は絶対に見なければならない。今年3月には別の委員会が、鹿児島であり、オプションとして知覧の見学が設定されたが、卒論発表中だったので残念ながら委員会には参加できなかった。これを読んだ後には絶対に行かねばと誓った。逆に、この本を読んで周辺情報を高めてから、訪れるべきだったのかもしれない。機は熟した。

着いたり離れたり

参加した学生へ、今日のゼミの復習。

まず初めの発言。
色々な研究が研究室内で行われているので、特に実験関連は、関係する人が助け合って上を目指してほしい。実験はノウハウの塊なので、一人でゼロから思いついて検討しても、高みに達せない場合が多々ある。(林)

それに対して、細田先生から。
実験に関して、うまくいって失敗せずに短期的に良い結果が出ても、長期的には人物は育たない。
林の言うことに反対しているものではなく、違う観点からの指摘である。学生が自ら気づいて、林の言うようなことを実践してもらうのはまったくかまわない。(細田)

聞いた学生は、趣旨をきちんと理解できているか。

私の提案したことは、私がお膳立てするものではない。あくまでも学生主体でプロジェクトを起こして欲しいと思っている。

私「が」学生を巻き込むことは、結果を出したい最低限のものに留めている。そうしないと、学生は作業員になってしまう。ただし、学生が考えて行動する中で私「を」巻き込むこと、すなわち、私から何かを引き出す、という学生の主体的な取組みであれば、いつでも着いていく。


私としては、着いたり離れたりという、スタンスでいたい。着かず離れず、というのとは違う。


ただ、学生が何もしないのも、別にいいのだが、最後の最後、1月、2月になって助けを求められることもある。もちろん放っておく場合もあるが、ある理由でそうすべきではないと考えたら、もちろん手伝うが、その時期に手伝うのは私のためにも、他のためにもならない。そういうエネルギーの無駄使いは、できるだけ避けたいところだ。それをなくすために、自分で抱え込まずに相談するという、そういう方法、概念がある、ということを教えているのだ。

2011年6月16日木曜日

プロフェッショナル

今朝、電車で通勤。JR横浜駅の湘南新宿ラインのホームに立っていたら、駆け込み乗車をした女子高生の布製のかばんが挟まれたのを目撃。薄っぺらい持ち手がドアに挟まれて、かばん本体は屋外ににあるので、ドアは厚みを検知できなかったようだ。

どうなるのかと見ていると、ホームの安全確認をする人が走ってきて、ものの1秒でこれは開かないと判断すると、すぐ横の柱にあった非常停止ボタンを押し、構内に「ブー」とサイレンが鳴って電車は止まったようである。体感としては3秒、遅くとも5秒とかからない出来事であった。

駅全体で見れば、このようなことは日常茶飯事なのかもしれないが、このように人が瞬時に動けることに対して、プロフェッショナルとして訓練されていることが、とても輝かしく見え、感動してしまった。


話題が変わる。

電力削減の意味よりも、昨年失敗した朝顔のカーテンのリベンジに近いのだが、自宅でゴーヤを植えている。

まだ背丈は小さいが、毎日1輪ずつ花が咲くのを見るのは、ほっとする。3株植えたので、一体何本の実が収穫できるだろうか。



2011年6月15日水曜日

焼肉原点回帰

本日、学生実験の最終日を終え、先ほど学生と焼肉の打ち上げに行ってきた。私はいくつかの報告書等の締め切りが迫っているため、大学にまた戻ってきたが。

さて、横浜市保土ヶ谷区和田にある千山閣という焼肉屋は、最高。普通は地元の人しか来ない店で、無煙ではなくて煙もうもう、油まみれになるけれども、出されるものは本物である。一番は、何といっても「ハラミ」、次に「塩タン」。ハラミは、適度に脂ものって、それだけ食べても満足できる自慢の逸品。

学生9人と行き、初回は私のオーダーで上記2種。その後は自由に注文してもらったが、やはり、私の言った通り、やっぱりハラミに戻ってきた。

焼肉原点回帰である。

済みません。東京大学生産技術研究所 岸教授の提唱するコンクリートの品質の原点回帰に倣っているのですが、原点回帰の安売りのつもりはなく、それほど素晴らしいハラミです。

2011年6月13日月曜日

復興支援地図

生協の書店にて、この地図を発見。ざっと見ると、よくできている。

1)一般部は5万分の1で統一され、八戸から銚子まで、北から順に太平洋岸がページ順に続いている。主要部はもちろん、1万分の1等の詳細が載っている。
2)浸水域は色分けされて明示されている。

ただし、B4サイズと大きいのが難点だが、それを上回る価値があるように思う。

津波調査は私としてはひと段落したものの、研究室では研究は続いているし、今後とも関係は続いていく。これは、津波に関わる土木技術者として、購入必須と感じた。→これから東北に赴任するF君も是非。




あと、毎度、この場でPRしているが、前回の土木教室見学会のバスの中で紹介した地図は、以下。



日本中がすべて同じ縮尺で描かれているので、北海道にしても情報の漏れがない。建設中の新幹線や高速道路も記載されており、全国をまたにかける土木技術者、学生、などお薦め。

2011年6月10日金曜日

書いてないこと

学生実験中、驚いたこと。

「書いていないことをやってよいとは思わなかった。」

そんな発言が出るとは思わなかった。普通はその反対だろう。

この学生実験は、コンテスト形式で載荷実験のポイントを競うものなのだが、もちろんルールはある。形状の制約から、得点の計算方法、そして、材料の制約である。

材料は、鉄筋であればトータルの長さの最大値を規定するだけで、他に一切書かれていない。長いのを1本として使ってもよいし、短いのをたくさん使ってもよい。この部分は、独創的なアイディアの登場を期待して、最大値以外の規定はしていない。

普通、ルールとは、禁止されていることが規定され、それ以外の事は自由にやってよいはずだ。これについては殆どの人も納得していただけると思う。

と、ここまで勢いで書いてしまったが、3年生もそれほど深く考えて答えていないかもしれないので、その一言に対して私も敏感に反応してはいけないように思っている。ましてや、それをゆとり教育と短絡的に結び付けたくはない。

Windowsが再現性のないエラーで止まることがあるように、1回のみの不具合はあまり気にしないことだ。2回以上続いたら要注意だが。

試験装置のメンテナンス

コンクリートの試験として、スランプ試験というものがある。

先日の学生実験の際に、スランプコーンにコンクリートがくっついて、1回目はうまくいかなかった。当初、粘性の高いコンクリートのため、と思っていたが、よく見ると、スランプコーンの内側に、固まったモルタルが固着していた。


これでは、内側を湿布で拭いても滑らかさは得られない。こういうものは、1回洗わないだけで台無しになる。ではどうすればよいのか。

1)洗うように徹底する。もちろんそれはそうだが、万が一ということはある。

さらに、次の事も付け足さないと、システムとしては不備がある。

2)固着しているものがあれば、報告するようにする。当たり前のことだが、これができなかったから、今まで見過ごされていたのだろう。


1と2を組み合わせれば、システムとしては一応完結する。だけども、あまり変わらないことは容易に予想できる。また、そもそも理由もなく守れというのは教育機関として良くないし、今はうまくいっても長期的に学生が育たない。

3)JISで定められた試験法に則って行っている、という重さを認識させることも必要である。規格を満たした手法で行っていることを担保しなければならない。その寸法のものを使えと言われたら、嫌でも使わなければならない。その際に、器具の内側にモルタルが付着していたら、それはもう、別物である。

メンテナンス計画を自分で設計する

学生実験の実施中、コンクリート洗い場の排水溝が詰まった。

1)対処
原因を解明して、早急に復旧することがミッションである。
棒でつついても改善しない。1か所、90度に屈曲している部分は、地上からアクセスできる点検孔があるのは知っていたので、それを開ける。すると、洗い場との間に、1つだけ鈍角に折れ曲がっているところがあることがわかった。そこに手を入れて、3mmの鉄の棒を突っ込んで、回すことで、詰まりを解消。
まずは、原因を特定することが早期解決につながる。

2)教訓
排水溝の屈曲部に点検孔があることは、私以外に知らない。ただし、地面には見えるので、作業者が想像を働かせればわかると思うが。その辺の教育をどうするのか。

3)反省と今後
詰まったことが不具合だ、だから詰まらないように何かを変更しなければならない、という声が上がったが、そうは思わない。


この設備は、1年3か月前に完成した設備だ。よって、メンテナンスも確立されていないため、自分たちでルールを作らなければならなかった。自分たちが持続可能な、メンテナンス計画を立てる必要があった。

当初、沈澱池は一体どのくらいの頻度で掃除をしなければならないかがわからなかったので、とりあえず1か月毎に掃除を行うことにした。その結果、数回続けると、結構溜まる月もあったことから、やはり1か月に1回定期的にさらう必要があることがわかり、それを決定し、今まで1年間あまり続けてきている。

建設当初、今回詰まった地中部の排水管も、いつかは詰まるので、定期的にその溜まり具合をチェックすることを考えた。さらに、もっと先の最終ピットも多少のセメント分は流れるので、長期的には詰まる。つまり、これらの2つについて、次にいつ掃除をすべきかということを判断するためのデータを取得することをしなければなかった。1年後に、○○cm溜まっていれば、そこから計算して△年に1回掃除すべきだという計画が立てられる。しかし、恥ずかしいことに、目に見える沈澱池の計画が完成したこと安心して、他の2つの部分(管と最終ピット)のアクションを忘れていた。

忘れたことを悔やんではない。半年後、1年後に○○すべし、ということを、1年3か月前に、何かの引き継ぎ簿に書かなかったことがそもそものミスだったと思っているのである。

ヒューマンエラーは必ず起きるので、記憶に頼るシステムは私はしない。

車道で

車通勤なのだが、先日、遅めに大学に到着したら、車道付近で座り込んで絵を描いている人が多数いた。多数いたということは、講義に関係するのだろう。一瞬目を疑ったが、そのうちの数名は、縁石から1mほど車道入って、腰を下ろして座っている。この道路は路線バスも入ってくるので、かなり驚いた。

ぶつからないように、慎重に運転してよけたが、考えると恐ろしい。もちろん、99.9・・・%は、運転手が気づいて人間は避けるだろうが、万が一ということになったら、たとえ責任がドライバーとはいえ、取り返しがつかない。原発の話ではないが、何かの対策がダメになった際の冗長のある対策というものも必要なのは明らかだが、気づかないのだろうか。素直に知りたい。

半月ほど前にも、これは明らかに両耳にイヤホンをつけて音楽を聴いているだろう学生が、車道の走行車線の真ん中を歩いている。進行方向が同じだったので、一切車に気づかないようだ。追い越そうとしたら、偶然だろうが、車の方に寄ってきたので、慌てて一時停止し、通り過ぎるのを待った。これは、コメントのしようもないが、何を考えていたのか、何も考えなかったにせよ、普通車道を直進するだろうか。

怒るのではなく、驚きも通り越して、素直に何を考えて行動しているのかを知りたい。

2011年6月7日火曜日

フィードバックすること

JCIでこれから発足する「データベースを核としたコンクリート構造物の品質確保に関する研究委員会」に加入させていただくことになった。本日は、データベースへの熱い思いの議論に加われてうれしい。フィードバックして、良くなるように改善するために、データベースを作る。データベースを作ることが目的ではない。

フィードバックというのは、日本ではまだ身についていないのか。社会制度でも、大学運営でも、なんでもあてはまると思うが、設計の不備や、社会状況の変化により、制度に不具合が発見されることが多いが、一度決まったことをなかなか変えるのは難しい。担当者が不在、つまり、フィードバックすることがシステム化されていないという、日本的なところが大きいと思う。池田尚治先生も指摘されているが、まさにそう思う。

定期的にフィードバックして必要があれば変革することが当たり前の社会になって欲しい。ビジネス書によく紹介されているように、一流企業のトップは、常に変革しているというイメージがあるが、変えることが目的ではなく、ただ単にフィードバックしてより良いものに改善しているだけだろう。

無いものねだりではなく、自分の組織(研究室)であれば、そうなるように日々努力し、そのようなシステムにしているつもりだ。

大学については、いろいろと制度を変更しているが、事後評価をどこまでしているのだろうか。前の学長時代の変更は関係ないのだろうか。気づいていないだけ?そう考えると、気づいた人が声を上げないといけないのかもしれない。私のエネルギーは限りはあるので、今のところそこに割くつもりはないが。

2011年6月4日土曜日

テレビ

BS日本テレビに、「よい国のニュース」という番組があることを新聞のテレビ欄で気づき、ピンと来たので見てみた。元気が出るニュースのみ流す、というコンセプトの番組という。雑誌「ジャパニスト」に似たコンセプトだ。震災復興、現地ボランティアの話が多かったが、見ていて心温まるし、それなりに取材をしていて好感触だった。とりあえず、ビデオで毎回録画をしておこう。

「大科学実験」にもはまっている。愚直に実験を行う企画で、たまにニヤリとしてしまう。例えば、パラボラアンテナの実験の回で、パラボラアンテナに集まった電波は1点に集中するが、それを可視化するために、たくさんの玉を同時に投げつけて1点に集めるという実験は、圧巻だった。

テレビについて、ドラマ、バラエティは見る時間がないので、殆ど見る気はしない。たまに、マニアックな科学番組があったりするのを探すのが面白い。そういう観点で、タモリ倶楽部は、半分くらいは、まじめor不真面目に、科学技術を扱うテーマであり、数分の1は土木ネタなので、そのことに気づいた大学院生くらいから、15年くらい欠かさず見ている。先週も東京ゲートブリッジがテーマだった。

家のHDDレコーダーは昨年末に地デジに移行した。テレビは、モニタのみの利用として、アナログのブラウン管テレビを使っていたが、電力削減のプレッシャーから、先週に液晶テレビに変更。

2011年6月3日金曜日

2011/6/1茨城見学会の写真配布

昨日のこの日記のアクセスが120位で過去最高だったのですが、思い当たるのは、一昨日の見学会の集合写真の配布をしていないだろうかというアクセスだろうと思います。たまたま時間ができたので、作業します。 

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6/1の見学会の参加者は45名いて、管理しきれないので、この日記上で写真を配布します。
持参した研究室のカメラにはパノラマ機能もあったためとりあえずためしに撮ってみたのも配布します。(以下の写真のデータ中にも、GPSの座標が記録されているはずです。)

また、持参したハンディGPSのログを使って、地図に落としてみたところ、訪れた場所がきれいに表示できたので、これも配布します。今回、地図を持っていない人はバスに揺られて降りたところで見学、ということでどこを訪れたかがわかっていないと思います。なお、コメントはつけないので、地図の情報からどこに行ったのか、確認してください。



鈴木先生の説明にあった、砂州のでき方も、こうやって(上の地図でなく、下のファイルの)地形図を見ると一目瞭然ですね。








代表就任

日本コンクリート工学会関東支部 若手会21に1年前から加入し、しばらくして副代表となって活動してきたが、先週の委員会にて、代表の井林先生が退任されるに伴い、私が代表に就任した。

公的活動において、代表者になることは初めてである。この会は、学術委員会とはちょっと離れて、40歳以下の若手が勉強をすることを中心とした委員会である(と認識している)。内部の勉強会や、見学会、講演会を主催することが最近の活動の中心となっている。

傍目から見ると、何をやっているのかわからないという指摘もあり、アウトプットも不明瞭であるが、人が育っていくことも重要なミッションと考えている。 とりあえず見学会は得意な方なので、それを生かしつつ、人を育てる(自ら育つ)というキーワードで今後の展開を図りたい。

とりあえずは、夏~秋に内部向けの大き目の見学会を開催することと、年度内に一般参加も受け付ける大き目の見学会を企画している。

2011年6月1日水曜日

茨城見学会

今日は教室の見学会。茨城方面へ、地震や津波の調査という内容で、学部1年から博士課程までの希望者45名をつれて、貸し切りバスで出発。

茨城はつくばというピンポイントを除いて、実質初めて入ることになる。マスコミには余り報道されていない津波の実態(被害や無被害の様子)を勉強することができた。一見、ぶっつけ本番の見学会にも見えるが、最低限の情報収集と、当日の適切な選択を繰り返すことで、これほどまでにも濃密な見学会ができることの舞台裏が見られたことも参加した収穫のひとつでもある。

出発して直後、しまった、と思ったのは、首都高で隅田川の横を走っていたのに橋の解説を一切しなかった(津波の解説が始まっていたので、止められなかった。止めてまでも、それを上回る知識を持ち合わせてなかったというのが実際)こと。次回は準備周到の上、全く関係ない見学会でも隅田川橋梁解説ができるように準備しておこう。

2011年5月31日火曜日

健康第一

娘(4歳)の風邪に引き続き、息子(2歳)の風邪と続き、かれこれ10日間くらい、我が家が苦しめられている。もちろん24時間面倒を見ている妻に感謝だが、私もこの土日は一緒に過ごして、その大変さを改めて実感。特に長男の咳が激しく、夜中も数時間毎に起きて、本人は一度起きたら1時間くらい眠れないので私や妻と一緒に過ごしたりで、我々の睡眠も断続的に。久々にきつい週末だった。
月曜日は昼過ぎまで病院に連れて行ってから、午後に出勤。


ということで、本人の体調管理も大切だが、結局は家族全員の健康がいかに大切か。

必ずしも子供の風邪だけの理由ではないが、締め切りが過ぎている事務の提出が、1週間以上遅れて月曜日に出します、と言って先延ばしにしていたものの、想定外に土日月はまったく仕事ができず、火曜日から作業を始めて、さっき提出するという失態も。

この日記も、更新する余裕なしで1週間過ぎてしまった。書きたいネタはたくさんあったが。

2011年5月25日水曜日

改善

本日は、学生実験本番の3週目「載荷」。

元々メニューが多くて時間内にこなせるかどうかが課題となっていたが、ティーチングアシスタント(TA)の工夫のあとが見られた。とはいえ、事前の連絡を受けていない内容や、連絡を受けていたようだが私が見落としていて結局チェックができていない内容もあったため、当日気づいた段階で私から直前の再変更をお願いしたり、コメントしたりだいぶ介入した。そういう意味で、お互いやりにくかったこともあったようだ。

まず、このようなコミュニケーション不足に対しては、双方が徹底して気をつけるしかないだろう。特に、改善結果だけを示した資料を渡されても、そこに改善されたものが入っているかどうかは相手には瞬時には伝わらない。これはどの場面でも共通だから気をつけなければならない。

それでもなお、20分ほど時間オーバーとなる。講義時間内に終わらせるというのも大きな目標にしているため、終了後のミーティングで改めて検討。180分間では全てを丁寧に行うことはできないため、再度何を優先すべきかについて議論し、それなりの結論がでた。一度決まりかけたことでも、別の学生から別の視点が出て、その角度からの検討をするということを繰り返し、一応こなせそうな案を練り上げることができた。

教えたいのは、実験なのか、作業なのか、知識なのか?今回のように時間に制限がある場合には、一つ一つきちんと検証し、本質を見極めなければならない。

このように、今年大きく学生主導へと舵を切ったことで、自主的な改善意見が出ることに素直な喜びを感じている。以前のように私が主導権を握りすぎていると、学生は作業のみになってしまうし、トータルのパフォーマンスは得られなかっただろう。改善の案も、上から見ている私一人では気づかないところも多く、特に今日の議論は良かった。

2011年5月24日火曜日

ブラウザを変更

GoogleのGmailとの相性が良いと思っていたブラウザChromeだが、pdfのダイレクト表示がおかしい、最近Gmailのオフライン機能との相性が悪くなった、ドキュメントのダイレクト編集の文字が飛ぶ、ということで不満を持っていた。しかし、Chromeのブックマーク類の同期によって、自宅、モバイル、大学でシームレスに連携ができていたのが手放せなかった。

ところが、ついに堪忍袋の緒が切れて、先ほど、IE8と比較検討した上で、30分ほど格闘して、結局Firefoxに落ち着き、ブックマークのインポートと同期の設定が終わった。

上記の不具合は全部解消しているようだ。

細かなストレスだが、PCを使うほとんどの時間を占めていたので、掛け算にするとかなりなもの。以後、業務効率アップか。

→追記:インストールした最新版のバージョン4では、GMAILのオフライン機能がサポートされていないことに気づく。FireFox3.6をインストールしなおして、大丈夫の模様。

コンクリート研究室夏合宿 9/12-14 in東北

今年のコンクリート研究室の日程が決まりました。
9/14(月)-16(水)。
場所は、東北地方で、地震・津波被害を学ぶ場にしたいと思っています。実施方法は、今後詳細を検討していきます。

さて、3年前の夏合宿も、三陸リアス鉄道を中心として仙台~久慈としました。その際に、研究室OBも1名参加されました。

この研究室の合宿はOBに対してはウェルカムとしています。今年は早めに日程が決まったので、今から呼びかけます。

Facebook

Facebookにて、勝手に

Alumni of Concrete Laboratory, Civil Eng., Yokohama National University

という名前のグループを作り、関係者を勝手にどんどん登録しています。

まだ機能していないけれど、それぞれ、OBOG同士を認識していただければと思います。

2011年5月23日月曜日

ブラックボックス

先ほどの投稿に続き、同じジャッキを使う作業の中で、○○ができないから△△した、という行動がいくつか見られた。

○○と△△の間には、一見、互いに連関しているように思うが、よくよく考えると「風が吹いたら桶屋が儲かる」という風に飛躍している。

例えば、「ジャッキを設置するとゲージが切れる恐れがある」、と発言したケース。

私は問いかける。どのように切れるのか。

「ジャッキを設置するとジャッキがゲージに当たるため、ゲージが切れる恐れがある。」

では、どのように設置すると、ジャッキのどの部分が当たるのか、と問いかける。

「このように・・・・。あれ?実際には当たっていない」 実際には、ジャッキの端部には凹凸がついていて、凹んだ部分をあてれば、ゲージには当たらないので、結果としてゲージは切れないのである。


事実にブラックボックスはない。人間が作り出したり、人間が気づかないだけである。

こういう概念的なことは、多く失敗し、その際に痛恨で学ぶしか解決方法はないと思う。

さすがに指導の方法としては、つるし上げたり、責めることは、デメリットの方が多くて逆効果である。対話の中で、本人がまずい、と気づかせることがボディーブローのように効いて来る、と私は思っている。

もう一人私がいたら、「あんたは、何を根拠に、その方法がいいと考えるの」と問いかけるかもしれないが。

定石

夕方から学生実験の作業。プレストレスの導入とグラウト注入。前回の1回目は、ビデオで撮影されながらレクチャーし、今回は2回目なので、学生に任せて行うのを横で確認していた。

始めるにあたり、前回は学ぶのが精一杯であっただろうから、本日の作業を行いながら手順書を作るように指導する。マニュアルは、次回以降それをまねしてしまうので余り作りたくないが、今回の場合にはプレストレスという危険な作業であることから、危険に対処するための手順書という位置づけである。私がこのような手順書を作ろうとする際には、一般的な、理由もないリストは作るつもりはない。なぜそうなのか、や、あまりこだわらなくてもよい作業なのか、などを区別しながらはっきりさせて、仮に変更が必要になった際に、その人が判断できる内容も沿える、という独自のものである。

注釈が多いということになるだろうか。注釈といえば、畑村氏の本は多いと思うが、私もこういう文書を作ることになると、自ずと書きたくなるのが不思議だ。

さて、作業を観察していると、学生は自分たちで理解したとおり行っているものの、独自解釈であったり、趣旨を理解していなかったりで結構間違えていた。彼らにとっては1回目であるから、間違えること自体はしょうがないと思っているので、ではなぜいけなかったのかを、きちんと説明した。

前回ビデオを撮影しておきながら、なぜこうなったのかについては、その後フィードバックしていないだけであるが、そもそもそのシチュエーションはよくある失敗例に近い気もして、継続して検討したい。要は、手順書を見ないことによる失敗、である。ビデオだけでは、わざわざ見る気にもならず、結局見なかった例である。

さて、全般的に感じたことであるが、「○○と思った」から行動した、というミスである。そもそも思ったことが間違っているのである。Aと教わっていたことであるが、それはBに変えたほうがよいと勝手に思って変更したことによる、別の問題が生じている。これが、関係者も含めて初めての経験であれば、しょうがないだろう。しかし、そうではないし、しかも、前回ビデオの前で私は話している内容である。サラッとではなく、何度も強調して。

ここでは、私が強調したことを理解していないことを責めているのではない。伝わらないことがわかっていたので、フィードバックする機会を設定している。

一歩成長するためのコツ。まずは、謙虚にその通り従うこと。次に、従うことの理由を完全に理解すること。完全に理解してメリットもデメリットももわかったところで、初めてオリジナリティを加えて変更することができる。

研究の取り掛かりも似ている。研究テーマは教員側から与えられる。その段階では学生のものではない。ある程度のバックグラウンドと初回の切り口もたいていの場合教員から与えられる。初回の発表のパワーポイントなんて、学生のオリジナリティは殆どない。しかし、教員から与えられたこれらのエッセンスを自分で消化して自分の言葉で発することができた段階で初めて理解したことになり、そこから、自分の発展ができる。

学ぶということは、何にしても同じではないだろうか。

示方書の改訂についても、示方書勉強会で痛いほど学んだ。いや、まだ学びきれていない。

2011年5月16日月曜日

一勝一敗

コンクリートの表層品質に関する委員会のブラインド試験において、私および横国チームが主体になって開発してきた表面吸水試験機を用いて、課題である2つのコンクリートについて、1つは全問正解、もう一つは1/3というスコアだった。一勝一敗であるが、その一勝は大きかった。

これまでやってきたことの評価が目に見える形になって素直にうれしい。これをステップにさらに発展させたい。

単に結果が満足という短絡的なものではないが、研究がある段階に来ているということの楽しさから、懇親会ではお酒が進む。翌日、ちょっと二日酔いだったが。

ホテル予約

JCI年次大会(大阪)と土木学会年次大会(松山)のホテルを予約完了。とりあえず、直前にどたばたすることは回避できた。あとは松山の飛行機を。日程が確定したら、ビジネスパックの方が安上がりになるので、コスト削減の努力をせねば。

2011年5月15日日曜日

土木同窓会総会 コンクリート研同窓会

卒業生の皆さんへ

2011年7月9日(土)に土木同窓会の総会と、夜からコンクリート研究室の同窓会が行われます。今年の総会は、細田先生から津波調査について、池田尚治先生から性能創造型設計について特別講演があります。2期の伊藤さんが幹事のため、とにかくコンクリート研一色のようです。

OB、OGの皆様、これを読んだら、すぐ、手帳に予定を記入してください。よろしくお願いします。

先週、手元にあったメールリスト宛に上記の連絡を送らせていただきました。ただし、最近卒業生などはメール登録していなかったため、まだ送れていません。早急に再送したいと思っています。他にも届いていない方がいれば、ぜひご連絡ください。

2011年5月10日火曜日

充実

本日は、慌ただしかったが、充実していた。

朝から土木学会の委員会WG。委員の皆が震災でバタバタしていたこともあり、久々に開催されたWGにおいて、いきなり続きをやるのではなく、これまで進めてきたことの確認作業が行われ、意思統一が図られた。この進め方は、私も薄れた記憶を戻すことに役立ったし、きちんと方向性を確認することができた。主査、幹事の先生方に感謝。
会の終わりに、私ともう一人の八戸工大の先生から、震災調査の報告。横国のオリジナリティは出せた、と思う。

委員会は12時半に終わり、12:38の電車に飛び乗り、グリーン車で弁当を食べ、横浜からタクシーに乗って研究室ゼミ会場へ。13:40大学着。

研究室ゼミでは、学生の発表4件と共に、教員からの話題提供の3週目が私の担当。これまでの研究の概要と、今年学生に提示する新規テーマ3題の趣旨説明、周囲の研究との関連性などを披露。質疑応答の中で、両先生から、このテーマの位置づけや、発展性、新たな切り口などの示唆をいただき、意義がより明確になったと思う。ゼミ修了後、M2の学生が、私の部屋を訪ねてきて、突っ込んだ本質的な質問をくれたり、自分のアイディアを披露してくれたりで、うれしかった。

引き続いて、表層品質に関しての第1回全体ミーティング。新年度になってメンバーも入れ替わり、趣旨説明。ただ私は昨年同様の内容を繰り返しており、今年の切り口を明言をしていなかったことに対し、細田先生から的確なアドバイスというか今年やるべきことの骨子をびしっと披露される。私の認識の甘さが。今年は私も多くの部分で表層品質の中心に立って引っ張っていかなければなないので、やります。

その後、学生実験の準備に関してクレーン操作をし、18時過ぎから、研究室の有志の懇親会。当初、研究テーマの希望調査についてのフランクな質問を受け付けるような形を想定していたが、内容はそうでもなかったが、私も含めちょうど良い時期だったと思う。私も一段落したこともあり、久々にお酒を飲んだ。その後続いてH先生と横浜で飲み、これまでの事、これからの事、いろいろと話をする。

明日の朝は、0時限として午前7時30分からの学生実験の練習「梁のプレストレス導入」があるが、学生も真剣なので私も寝坊するわけにはいかない。とはいえ、先日購入した中坊公平の本を読みだしたら止まらない。森永ヒ素ミルク事件のくだりは、涙なしには読めなかった。教室見学会で豊島の産廃事件について説明を聞いた時から、中坊公平の著書を読もうと思っていて今になった。

2011年5月9日月曜日

グラウトの指導を乞う

内容は後日。

マネジメント

昨日、技術士2次試験の願書を郵送した。今年は合格する、という決意を新たに。とはいえ、論文投稿、研究、教育、委員会、等が目白押しなので、振り回されているとあっという間に8月を迎え、技術士の一般論文の勉強がおろそかになるのは、目に見えている。それでは、上位10%に入る文章を書けるわけはない。

若くはないのだから、この位の仕事量はきちんとマネジメントして成果を出さないと、今後一生頑張っても無理だろう、と言い聞かせ、今年はやるべきことをきちんとこなすことに注力したい。

まずは、論文投稿。

2011年5月8日日曜日

北海道

車中つけたラジオで、「大地の詩」という映画の紹介をしていた。途中からつけたので全貌はわからなかったが、ピンと来るものを感じ、帰ってから調べてみた。映画か、原作でもいいので見たみたい。
http://www.gendaipro.com/tomeoka/index.html

北海道の監獄というと、吉村昭の「赤い人」という小説をお勧めする。北海道に縁もゆかりもなかったが、前の夏合宿で函館を訪れるために、読んでみた。北海道の開拓がこのようにして行われたのか、と想像を絶する現実に驚く。吉村昭「破獄」も関係する。

この映画はまだ見ていないが、メモとして日記に記録。

2011年5月6日金曜日

林文庫、始めました

前から言っていて実現していなかった、林文庫、本日開設しました。302号室の細田文庫の棚の下の方に1段確保しました。

私が読んで、他の人に勧めたい本を置くようにします。ブクログとも連動しようと思っていますが、有機的な連携はまだ先。とりあえず、手元の本をブクログに登録しつつ、面白そうな本を文庫に収納ということになるでしょう。

高校生に対して、土木工学とは何か、土木工学の魅力というものを紹介するページを作る、と飲み会で豪語していた割には動かなかったことも、ブクログにて、それらしきカテゴリを作って紹介しています。

ブラッシュアップは今後はかるとして、まずは始めることが肝心。後はなんとでもなります。

土木遺産に関する本、橋梁についての本、も、カテゴリを分けて、そこに集約するようにしようと思っています。このカテゴリ分けは後日。

知っていることと知らないことを知ること

先の日記にて、「知る」について書いた。

最近、学生と対峙していて、おやっと思うことが何度か続いた。

1)何かの調べ物をしていて、ここまでが事実、ここからが先が事実から導き出した推論、という明確な2つのものがある。これをきちんと認識しているだろうか。

2)計測をしていて、ここまでが生データ、ここから先は生データと定理等を使って計算した2次的なデータ、さらに、これらのデータと何らかの仮説を併せて推論した値、という3つ(生データかそれ以外かと分けると2つ)のグループがある。これをきちんと認識しているだろうか。


研究をする上では、認識を間違ってしまうことは、致命的だ。研究でなくても、世の中を渡っていくうえで、状況をきちんと認識することは必須である。


3)似たような例として、ガラスが割れました、ガラスを割りました、の区別ができない人もいる。人を擁護するという付加的な情報が入っていることはわかるが、それ以前に、物事の認識がきちんとできているのか、について、疑いを持ってしまう。

この文章は、愚痴ではない。単に指摘して終わるだけではない。私は、どういう風に行動すべきなのかについて、きちんと教えるつもりだ。

その認識を整理するために、この日記を役立てている。

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知っていることしかしない、という意味ではない。世の中は、五択のように思っていても、実は知っていることをきちんと認識して分離すれば、二択程度まで絞れるという感じである。十分に時間と情報のある通常であれば、何に努力もせずに二択に掛けるほど、ギャンブラーではない。しかし、現場に行ったような場合、短時間に何が何でも結果を出さなければならない場合には、二択でも選択しなければならないこともある。

2011年5月2日月曜日

記憶力

私は小、中学校は、学校の成績もよかった。高校に入ると、トップクラスではないものの、進学校ということもあり、高校内で中程度でもそこそこ良かったと思う。高校ぐらいの時から、本当に頭が良い人(機転の利く人、というか、素晴らしい人)は記憶力が良い(その逆も)、ということに気づいた。それを痛感したのが大学に入ってだと思う。私には及ばない世界だと。

私は暗記が苦手で、勝負弱い(これを関連付けてよいかどうかは別として、当時強く思っていた)。周囲の人を見ていると、要領よく勉強して良い成績をおさめたり、学業でなくても機転がきいてかっこいい存在ということに憧れ、彼らは決まって記憶力が良い、ように感じた。記憶力というものは、生まれ持っての才能で、私は彼らから取り残されてしまい、今後挽回できない、とまで思っていた。

それから10年以上たって、今言えるのは、上記の認識は間違っていたこと。先天的な狭義の意味での記憶力に差はあるかもしれないが、人間の総合力である「見かけの記憶力」は生まれた後の努力でなんとでもなるということだ。記憶しているというのは、その時々によく考えて、何度も心に刻みつけていることの結果に過ぎないということ。日記も、それを書くときに刻むということを無意識でやっている。

理解するということも同じで、まったく同じことを聞いて、受け止め方に差があるのは、脳の機能の違いというよりかは、理解するときに頭を使っているか、そして、本質をキャッチできているか、の賜物だと考えている。

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私は先月から失敗学会の会員になった。年会費を払うだけなので、特別な資格はない。畑村洋太郎氏らが立ち上げた学会である。

もう10年近くになるが、安全衛生ということを認識し、そのことが、研究を進める上で、失敗をどうやって防ぐかということに帰着することを学び、ほぼ同時に畑村氏の提唱する失敗学というものも勉強する中で、ヒューマンエラーに対峙する考え方が身に着いた。これは、もう私の行動原理の中心になっている。

人間の記憶はあてにはならないし、記憶をあてにしたシステムはいざというときに危うい。

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さて、本題に戻る。


学生実験のティーチングアシスタントとの打ち合わせの中で、実験や計測についてのことがらを教えることとなった。学生は、ビデオを撮影したいといったが、先週の津波調査からビデオは帰ってきていないので、物理的になかった。たとえ存在したとしても、ビデオがなくても伝えられる。

私から実験に関して習う人は、薄々気づいていると思うが、「メモするな」と何度も言う。1回の説明で口を酸っぱくして10回位言っていると思う。私が心がけているのは、

1)構造的に教える。構造的とは、アウトラインをまず教え、各論に入ること。いきなり各論から入らない。
2)暗記すべきことと、暗記すべきでないことを、明らかにして教える。暗記すべきことは、口頭で言っても伝わらないことはわかっているので、後でメモを示すなどして、その貴重な時間を暗記の時間にならないように心がける。ただし、メモを作る時間がないときに、学生にそのメモを作らせることはある。そのメモは、次回の説明の際に使う。
3)すべての行動について、理由があるので、それを説明する。

普段の打ち合わせはできていないと思うが、実験や安全について説明するときには、常に心がけている。私は、これまで先輩等から、実験に関してレクチャーを受けた際に、そのような説明をしてもらったと思う経験はほとんどない。だからと言って、それでよいとは思わないし、時間を有効に使うには、それが必要と思っている。

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例えば、ひずみゲージを貼る方法について、TAは間違えたまま梁を1体作ってしまったようだ。表と裏という2つに1つのところを、全部間違えたのかもしれない。

わかっている人にとっては、靴下の表と裏のように、間違えようがない。しかし学生は間違った。なぜだろうか。別に学生を責めようとも思わないし、むしろ、そいういう教育をしてしまった自分に非があると思い、どうすればそうならないか、考えてしまう。

横断歩道を渡る信号の赤と緑がどちらだったか忘れてしまったとしたら、人はどうやって色の意味を見つければいいだろうか。周囲の人に聞く、ウィキペディアで調べる、ということをしても、たまに間違っていることもあるので、正しい保証はない。そんなことに似ているような気がする。似たような例で、遠い外国に行ったら、信号がオレンジと紫だったら、どちらの色の時に渡るだろうか。

信号の色は、何かを伝える手段であり、目的ではない。よって、そもそもの信号の本質に戻らなければならない。渡るべき時期と止まるべき時期を分けるもの、である。じっと観察していれば、車が来ないときの色の時に渡ればよいことがわかる。

話をひずみゲージに戻す。ひずみゲージには表裏がある。ひずみゲージに刻印されている型番が読める(半透明なので)向きに貼るのは正解であるが、それは単に結果である。型番が印刷されていないものもある。ロシア文字かもしれない(嘘)ので、アルファベットが裏側になっていても気づかないかもしれない。

コンクリートや鋼材面に密着すること、させることが大事である。密着のためには、平らな面がぴたっとくっつく必要がある。よって、凸凹した面は外側なのである。

ただし、学生は、センサーが金属で、フィルム面が、それを覆うカバーだと思い込んでいたようである。これでは、私の上記の説明だけでは、間違える恐れがある。

私が前述の説明で省略した部分は次の通り。金属のセンサーは微小なものなので、それだけではコンクリートや鋼材に貼ることはできない、そのため、それよりも大きな薄いフィルムを、コンクリートや鋼材に貼る。なお、事前に工場において、フィルムと金属のセンサー部分はくっつけられている。

そういう本質、言い換えると、ゲージの原理(に近いところ)まで理解していると、もう、表裏を間違えようがない。

では、どうすれば間違いないのだろうか。先輩や先生や、説明書から学ぶときには、単に結果だけを知ろうとしないこと。結果だけを知ると、単に暗記になってしまい、前述の赤青信号のようになる。そうではなく、その本質に迫るところを知る必要がある。そのためには、なぜ、を常に問いかけることが必須である。

「教えてもらう」という一連の行動の本質は、「本質を問いかける」行動に他ならない。言い換えると、殆どの人は単に言われたことをメモするだけである。この行動を変えるだけで、他者に一歩先んじることができる。これも成長の一歩である。

なぜ、については、関連して思うところがあるので、別の日記に。

11/22(水)午後 コンクリートの品質確保 甲子園決勝 in 高松

しばらく、トップ記事に固定します。 気分は日本シリーズ、甲子園決勝、の気概で計画しています。 以下および添付資料の通り、コンクリートの品質確保に関する報告会及びシンポジウムを開催することとなりました。材料-施工の取組みで華々しさはありませんが、i-Construct...