2014年12月30日火曜日

自慢する、褒める

2ヶ月振りのブログ更新となります。目の前のこと(第一領域)に追われるだけの日々ではなく、自分なりには、第二領域(急がないけれども本当に大切なこと)のこともこなしてきたと思いながら、とにかくやるべき事が多く、突っ走ってきた数ヶ月でした。

時間を確保するために、いくつか行きたかった出張をキャンセルすることで時間を確保して凌いだことも数回ありました。そういう意味では、やっぱりいくつか間引いていることになりますね。

自分で動こうとすると、結局は破綻するので、周囲(研究であれば、研究室の学生を育てること、周囲の研究者と連携すること)と上手く連携や分散しながら行う必要があり、それをひしひしと実感した数ヶ月でもありました。

そして迎えた、12/26(金)は、研究室の学生と忘年会。しゃぶしゃぶ食べ放題に行きました。久しぶりに肉を腹一杯食べ、彼らとも話しました。こうやって立ち止まる事の方が、大事なんだなぁと、改めて思いました。

さて、1年の反省会をしようかと思いつつ、やめました。というのは、少し前に、出典は忘れましたが、私が情報源の一つとしている理系の大学の先生の発言ですが、研究室の忘年会では「反省は一切しない、ただ1年間の自慢を披露する、周囲の人は批判せず、ひたすらそれを褒める」ということを実践している(または今年実践した)というのを読み、心に残っていたからです。

日々の反省は、普段のゼミでも少し酸っぱく話をしていたところもあり、今回は、試しに実践してみようと思いました。

すると、なかなか、出ない。出ても、つい、反省点も話し始めてしまいます。反省は、ここではルール違反。とにかく、自慢と褒める、の会なのです。

私は、次の自慢をしました。

1)体重を6キロぐらい落とした。
2)いくつかの研究助成金を獲得し、研究を進めた。(正確には、前年末に出した申請書が今年になって採択されたのだが)
3)特許を申請した。
4)家族で、山登りを再開した。

ふぅ。なかなか、無批判に自慢することは難しい、ということを、私も含め各人が認識しました。これは、一種の、罰ゲームでもあり、苦行です。出来なかったことを反省した方が、忘年会っぽくしまりが良い話が出来るので、まだましです。自慢会は、裏を返すと究極の反省会なのだなということに気づきました。

反省というのは、表面的には後から何とでも言えるけれども、自慢というのは蓄積がないと厳しい。つまり、年末に華々しい自慢をするためには、1年間日々反省することに繋がるのではないかと。

ということで、皆さんの団体でも、自慢会、いかがですか。ルールは、一切反省しないこと、褒めること。うーん、難しい。

2014年10月14日火曜日

土木工学と電気工学

若干こちらに書きましたが、過去の現場見学、そして現在も続けている現場見学が、特に今の講義作りに役立っています。

高専5年の後期に、何故か「電気工学概論」という授業があります。昨年までは、電気が専門の非常勤講師の先生に実施していただきましたが、今年は後任がいないとのことで、私が引き受けることにしました。

趣味で第2種電気工事士の国家資格を、安全衛生の観点から低圧電気作業主任者の資格を持っていたので、昨年の講義の内容を見て、私が実施しても問題なしと判断しました。とはいえ、せっかく土木の教員が、土木の学生に対して電気工学の授業をするのだから、魅力的なものにしたい、と考えています。もちろん、科目設置時の目的やシラバスを逸脱しない範囲で。

土木で電気というと、わかりやすい対象としては「ダム」がありますが、治水の観点、および、コンクリート構造・施工の観点で語られる事が多いと思います。発電としては、土木の学生は殆ど習うことはないのではないでしょうか。

たまたま私が大学院生の時には、電力中央研究所で横浜国大の非常勤講師を引き受けていただいていた青柳先生から「コンクリート工学特論」で様々なトピックを習ったのですが、内容的にはそれが一番近かったでしょう。殆ど忘れてしまっていますが。青柳先生といえば、原子力発電所のコンクリートの業績も有名です。

さて本題ですが、私が横浜国立大学教員としての在籍時に、多数の見学会に行ったこと・実施したことが、現在の糧になっています。

2008年3月には、教室見学会として、学生の有志が、横浜から自費にもかかわらず愛媛県の見学ツアーに参加しました。そのネタを提供されたのは、青柳先生の後任として、電力中央研究所から非常勤講師としていらっしゃっていたK先生でした。その見学会のメインは、当時建設中だった、愛媛県 波方の石油ガス地下備蓄の建設でした。地下の岩盤を掘り、そこに地下水による「水封」を用いて、天然の貯蔵庫とするものです。地下の岩盤を掘って、石油や石油ガス(LPG)の国家備蓄を行っている場所は、日本では数えるほどしかなく、当時は、波方と倉敷の2カ所しか施工されていませんでした。今後の新規建設は今のところはない、と聞いています。次の年の2009年には、もう一つの倉敷の地下備蓄基地の建設の見学でした。その両方に参加した土木工学系の教員・学生は、非常にレアではないのでしょうか。


水封トンネルの原理(JOGMECホームページより)

この参加経験は、発電・エネルギーという観点で、講義で生かせそうです。調べてみると、JOGMECのオフィシャルページとして、Youtubeにも、波方・倉敷の上記建設のビデオが公開されており、秀逸です。これも活用します。

倉敷国家石油ガス備蓄基地 建設の記録「地下岩盤に築く」


そういった見学会を企画・実行する横浜国大土木工学教室は凄いと思いますが、その中にいることができたのもラッキーでした。

コンクリート工学系の授業では、他にもっと教えることが多く、通常ダムの話をすることは無いですが、この電気工学概論を通じて、発電という観点から、ダムを教えることができます。それも、本体構造や河川水文学の観点だけでなく、発電所やそれに至る導水路(水圧鉄管)なども、対象になります。

黒部ダムの建設、高熱隧道なども、勉強して、そしてコンクリート研究室の夏合宿で行きましたし、先日のフランスのマルパッセダム崩壊現場の見学の話も、繋がります。田辺朔郎の京都インクライン、トンネルつながりで言えば、丹那トンネルを題材にした「闇を裂く道(吉村昭)」もしかり。発散しがちな内容をどうやってまとめていくかは最後の詰めで大事ですが、私の中では、これまでの見学会の集大成としての位置づけのように感じます。

そう見ると、特に発電の部分は素人だということに気づかされて、まだまだ勉強です。


上記の見学会の全てを一緒に経験した元上司の横浜国大の細田先生は、土木史の授業を受け持ち、文系の学生も含めた約200人の学生を相手に講義をしていますが、私もその気概でやっています。


原子力発電所などのセンシティブな所も、避けて通れませんが、これも横浜国大元教授のT先生から紹介を受けた、松永安左衛門の「爽やかなる熱情」でも語られている東京電力の誕生と大きく関係しています。そういう歴史経緯からも含めて、地震・津波の話もできるでしょう。そう考えると、私が欠席した浜岡原発の防潮堤の見学なども、行きたかったと今になって思います。

火力発電所は、まだまだ語るところまでは達していませんが、コンクリート系では、フライアッシュなどを切り口に、広げていきたいと思います。

土木工学は総合工学だというのはまさにそうで、今回は電気という観点から、土木工学や世の中を切り取って、技術者として何を知り、どう考えるべきなのかを提示していきたいと思っています。

2014年9月23日火曜日

ガードレールのディテール

フランスの、ガードレースの標準断面は、特に変わった物はなかったのですが、始まりと終わりが、フェードイン、フェードアウトで統一されていました。

一般道、高速道路問わず。

これは、走行時に衝突して大けがを負わないように、なのかなと思っています。車は転倒しますが、突き刺さることは少ないのでは? 通常のガードレールが、急に飛び出ていると、車両がぶつかると突き刺さる事故もあると聞いたことがあります。

で、その末端がどうなっているかというと、地中に埋まっています。中を掘り返してみたいぐらいでしたが・・・。


では、そのオンパレードを。
(フランスは車は右側通行なので)これが、ガードレールの始まりです。地中に埋まっている所から始まります。


 これは、終わって、また始まっているところ。事故で壊れているわけではありません。

 近接すると、本当に、地面に埋まっています。

 カラーコーンは、事故で曲がっているところですが、やはり、末端は地面に潜っています。

 これも。


近代的なガードレールだけが装かというと、そうでもなく、田舎道のコンクリート製(初出は木製と書きましたが、よく見るとコンクリートのようでした)のガードレールでさえも、地面に埋まっています。


勝手な妄想。
 フランス人「何故かって? ガードレールは,そういうもんでしょ」

というぐらい、古くから受け継がれているのでは?

鉄筋コンクリート電柱 その3 矩形中実断面

その3は、矩形断面です。

他の2つも併せて、すべて矩形断面です。遠心成形やプレストレスは入っていないようなので、単に横にして型枠にコンクリートを打込んでいるだけのように思います。

フレシネーの橋を巡っているタクシーの中で、これを発見し、止まってもらいました。気分的にせかされていて、詳細を観察できませんでした。もっと見ておけばよかったと思います。





鉄筋コンクリート電柱 その2 中空断面

続いて第二弾は、中空断面、と言っていいのか。

この数は少なかったと思います。

タクシーでフレシネーの橋めぐりをしていて、最後に最寄りの駅に到着したら、次の電車の発車10分前。駅の近くに、2種類の電柱を発見して、時間にせかされながら慌てて撮影したので、こちらについては、寸法を測ったり、詳細を観察する時間がありませんでした。

先ほどのH形断面のすぐ横にありました。中空部分が、良いアクセントになっています。これは、電線の軸方向がコンクリートの断面の強軸方向になっていますね。

反対面を近接撮影していないので、どちらが打ち込み面かわかりませんが、多分こちらが型枠底面でしょう。



鉄筋コンクリート電柱 その1 H形断面

パリ中心部は気にしていませんでしたが(地中化されていたのかどうかさえも思い出せない)、フランスのパリ郊外を廻っていて、特に鉄筋コンクリート製電柱が多いことに気づきました。

日本のように、円柱ではなく、角柱。その中でも、大きく分けて3パターンありました。

正式名称はわかりませんが、私が勝手に分類して名前を付けます。

まずは、H形断面のもの。高さ方向に、40cmおきぐらいに、補剛部材がついています。



 全景。日射のため陰影が付いて、のっぺりしていません。

近くに寄ったところ。

コンクリートの気泡が集中している面を見ると、この電柱は、横置きの状態で打込まれています。H形を横にして、打込まれています。写真手前右側の面が打込み時の上フランジで、左奥が下フランジです。下フランジの上面に気泡がたまっているからです。上フランジの上面は、仕上げ面です。



この電柱では、一部軸方向ひび割れも見えました。

 私が触れている面が、打込み面です。添加物が邪魔していますが。

地上から1.5m程度において、1辺の幅は35cm程度。



こちらは型枠底面。
これは別の場所ですが、2本並んだ風景です。

なお、車で走っていて、道路(電線)の方向に対して、上下フランジ面が配置されていることが多いように感じています。車で走っていて、補剛材の陰影がよく見えるからです。

道路(電線)の軸方向と直角方向に、電柱が強軸(断面二次モーメントが大きい)になっているように感じました。

フランスの高速道路 オーバーブリッジ編

フランスの高速道路について紹介します。


今回は、高速道路を跨ぐ、オーバーブリッジに焦点を当てます。系統立てているわけではありませんが、今回1000km移動した中で、特徴的なものは以下に集約されると思います。


片側のみの方杖ラーメン橋

 桁はよくわからないが、橋脚がV字形

ええっと、これはなんという形式でしたか。失念。

ちょっと斜めから。

鋼管トラスアーチ、でいいのでしょうか。横から見ると平面的ですが。
 斜めから見るとこうです。

 この辺はシンプルです。基本はこういうタイプが多いですが、何か意匠のペイントはしています。

 橋は特色はありませんが、親柱は!

 橋脚の一部のテクスチャにこだわっています。

 桁の縁形状とともに橋脚のテクスチャが。
 これは、あとから外ケーブル補強をしているような。
確か、この写真のみ高速道路ではありませんが、古いアーチ橋。
方杖ラーメン橋。実はその向こうに見える海が、地中海です。ニース、コートダジュールの近くです。
斜材が一見ランダムな配置のアーチ橋。

パリのエレベーターに感動

フランスに出張した際のパリ市内のあるホテルでのエレベーターが秀逸だったので、紹介したい。

ここでは、デザインや走行性、等ではなく、ボタンを押して目的の階に止まるシステム(専門用語は知らないが、仮に「エレベーターの配車システム」と呼ぶ)、のことを述べる。

これは、たまたまあるホテルが採用しているだけのようなので、パリがすべてこのようになっているわけではない、と思う。


さて、使用法は、次の通り。



1)エレベーターは、並んで3基ある。A,B,Cと名前が付けられている。
2)乗りたい人は、写真に示した、パネルの前に行き、目的階を押す。すると、一瞬で、A,B,Cの記号が表示されるので、それを覚える。
3)2)で出てきた記号のエレベーターに乗ると、すでに押した目的階の数字のランプが光っており、その階に止まる。
4)エレベーター内には、目的階を押すボタンはない。開と閉のみ。

例えば、自分が3階に行きたければ、3を押した直後にBと出たら、Bのエレベーターに乗り込む。例えば、そのエレベーターには、他の客もいて、3、4、7階のみ止まる(私以外に、4階、7階に行きたい人が、Bと表示されて乗ってきた訳である)。



テンキーの所に、フランス語以外に英語でも表示があったので、問題は無かったが、初めはそれを読んでおらず、来たエレベーターに乗ったら自分の階に止まらずに、何度もやり直したことがあった。


一瞬、ホテルだから、セキュリティ上の観点で目的階以外に止まらないようにする配慮かなと思ったが、乗る前には自由に好きな階のボタンが押せるので、その意味は無い。


私の解釈では、エレベーターを制御するための合理的なシステムであると考えた。

普通のエレベーターで良くあるが、自分が1階から10階まで行きたいときに、スムーズに行けるときと、同乗者が途中の階で何度も降りたり、途中の階から何度も乗ってきたりすると、非常に時間がかかる。後から自由に選べることは、殆ど制御していないに等しい。もちろん、エレベーターに乗る際の配車システムは、エレベーターメーカー各社が工夫して練り上げられているが、それは乗るまでであって、乗ってからは無法地帯である。



このホテルの方法は、次のようなメリットがあると思う。(推定)

1)1つのエレベーターが、たくさんの階に止まらないように制限できる。よって、素早く目的階にたどり着ける。
2)別々の客でも、同じ階を選んでいる客には、同じ籠になるように目的階を集約している。
3)多分、降りる階に連動して、その階から乗る人も連動しており、トータルでも効率が良い。


デメリットとしては、次があろう。

1)慣れない人が来ると、作法を知らないので一度は失敗する。
 →1回しか使用しないような場所には不向きで、ホテルのように数回利用する場合は適する。
2)次々に客が訪れると、毎回ボタンを押すという作業があるので、混雑する。
 →操作パネルは、増やしても良いので、軽減できるはず。
3)2)とも関連するが、客が一度に同時に多数集まるような場所は、テンキーの渋滞や、テンキーが終わった人が交錯するので、ふさわしくないだろう。そもそもそういう場所にエレベーターを使うことは少ないので、問題は少ないだろう。
4)籠の中に嫌な客がいれば、自分が降りる際に、嫌がらせに全部の階を押してさっと逃げることができない(笑)。

++++++

エレベーター内に、目的階を押すボタンがなかったのは、目からうろこであった。なんと合理的なのだろうか。シンプルなシステムに、美を感じてしまう。



なお、別途私が提唱しているのは、満員のエレベーターをやり過ごして、次回を「予約するボタン」である。現状の問題点は、今の籠が満員になった(orなっていた)ので、その籠が次の階へと動き出さないと「上や下」ボタンを押せないことや、押すタイミングがちょっとでも早いと、改めてその満員の籠が開いてしまい、時間のロスと冷たい視線を浴びることである。誰か商品化して欲しい。公開しているので、特許はいらないということです(笑)

2014年9月22日月曜日

13年ぶりの答え

前のブログでは、アンテナを張っていたら、自然と電波が入ってくる、という話をした。

明後日、横浜市の職員研修の講師をするのだが、その時に冒頭に紹介する本を選んでいた。構造物のカラー写真などの解説本はたくさん持っている方だと思うが、ふと、「ヨーロッパのインフラストラクチャー」という本が棚にあったので、手に取った。以前から持っていたのだが、存在をすっかり忘れていた。20年前土木学会が創立80周年の時に記念に作られた本であった。

国別に概略の地図入りで、各種土木構造物が紹介されているのは、貴重な資料である。今回フランスに行く前に読んで参考にしておくべきだったが、せっかくの資料群を生かせないまま、出発してしまった。それとは別に、ネットを駆使して地図に落とし込むなど詳細までリサーチできていたので、結果として問題は無かったようだ。ざっと見た感じでは、取り逃がした致命的な構造物はないようである。

フランスのページは、発行が20年前なので高速道路がまだ繋がっていないのが非常に興味深い。今回、高速道路がほぼ全て完成している中を1000km以上走った。

この本は、写真は、小さいながら秀逸でカラーである。ぱらぱらめくっていたら、あるダムに出会った。


忘れもしない、2001年のこと。私が助手1年目に、池田尚治先生が海外出張の際にエールフランスの機内誌内の何かの企業広告の中の背景に出ていた美しいダムを見て、名前も場所もわからないので、私に尋ねられた。当時、答えを探すべく、ネットで検索したが、見つからなかった。エールフランスの機内誌だから、フランスなのかな程度であったが、結局手がかりすら見つけられなかった。その時の機内誌の切り抜きは、確か、まだ持っていたと思う。

時を経て、13年ぶりに、その正体がわかったのである。忘れもしないと書いておきながら、多少不安で、多分これだったと思うのだが。

以下、前にも紹介している、stracturaeのサイトに掲載されていたことがわかり、かつ写真も秀逸であったので、その写真を引用する。リンクを用いて、画像を以下に表示させているだけで、版権は、stracturaeにある。

 Roselend Dam(stracturaeより)
紹介サイトは、こちら

読み方は、その本によると、ローズラント・ダム という。Googleでローズラントと入れても出てこなかったので、ダム、コンクリート、アーチ、フランス、バットレス、ぐらいのキーワードで再検索したら出てきたのだが。であれば、当時も検索できたはずであるが・・・・。


その本を紹介しようと思って、amazonのリンクを探そうと思ったら、なんてことはない、2010年にamazonで中古本を私も購入していたものであった。こちらである。

土木学会:ヨーロッパのインフラストラクチャー


2014年9月21日日曜日

次の視点 ブルネル

前回のブログでは、私は構造物を訪れることが好きなだけでなく、徹底的に調べるという話をしました。


先週行った、フランス出張中に、1日だけ、ユーロスターで日帰りでイギリスを訪れました。紆余曲折有り、ケンブリッジ大学を訪問することが最終目的になりましたが、今回私はフランスでめいっぱいだったので、同行した細田先生にお任せでいました。

細田先生は、過去に何度かイギリスに行き、ブルネルの構造物や、都市計画を見てきているとのことで、行きのユーロスターの中で紹介をしていただきました。結局、寄り道する時間はとれなかったので行けませんでしたが、一度イギリスの町(ケンブリッジを歩いたのみで、ロンドンは駅から外に出ていない)を歩いたり、実際に鉄道に乗って移動したおかげで、ぐんと敷居は下がりました。

実は、ブルネルについては、昔に土木史の本で読んだぐらいで、殆ど頭に入っていませんでしたが、今回行けなかったものの、現地でそういうインプットを頂いたので、私が勉強すべき項目(読むべき本)の中にリストアップされました。


そうやって、イギリスの土木技術者、という観点のアンテナを張り始めましたが、すると、自然と電波が入ってきます。


昨日、以下の内容を知りました。この写真自体は知っていましたが、紙幣になっているとは、頭に入っていませんでした。スコットランド独立か、というニュースが持ちきりだったので、入ってきたのだと思います。

200フランに描かれたエッフェルの話と同様に、まずは手に入れたい、と思いました。

リンク1)英国で紙幣になった日本人

リンク2)スコットランド紙幣の日本人 渡邊嘉一





実物を見ることの重み

自分で実際に体験した物の重みは大きい。昨日、三重県にある道路建設現場の、コンクリート打込み施工現場を見学しました。

特殊な形状・構造をしていて、発注者、施工者ともに苦労しながら作り上げている「作品」だと思います。この構造物の品質の確認のために今年から昨年度から携わらせていただいていますが、今回が、その部材の最終ブロックの打込み日でした。当初は別の日に計画されていましたが、外せない先約と重なっていたので欠席の予定が、若干工期が遅れてくれたおかげで参加することができました。

8時前に現地に着いて、6時間ほど見学しました。当初、昼までと思っていましたが、もう少しで終了ということだったので最後まで見学させていただきました。技術的な詳細は書けないのが残念ですが、ここで得たこと(細かい技術という狭義ではなく)は私の血肉となって、何かの機会に皆さんにフィードバックできれば、と本気で思っています。それが、学としての私の役割の一つでしょう。


過酷な制約条件なので、施工会社、発注者も皆初めての事ばかりで、とても苦労されたようです。今回の打ち込みは、全数回の打込みの最後だったので経験も豊富に蓄積し、実施工をしながらPDCAを回して改善して本日を迎えたとのことです。現場にとっての集大成の一つだったようです。

私が現場で見ていて、意味がわからない作業が多々ありましたが、所長さんに聞くと、的確な答えが返ってきました。それも、試行錯誤をして、この作業をするように工夫した、と自信を持って話される姿が、頼もしく、技術者としてかっこいいと思いました。

養生に関しても、ある施工上の工夫がなされていたとのことでしたが、それも当日の朝(または前日)になって問題点の大きさに気がついて、改善する方法を考えたとのことでした。多分、常日頃考えているから、そうなるのでしょう。

写真も、内容も、ここに公開できないのは残念です。



今回、この現場の見学は、依頼されたわけではありません。しかし、非常に難しい現場とわかっていたので、実際に何が行われているのかを見ておきたい、と思い、実現しました。出張に行く際に、わざわざ三重までコンクリート打込みを見てくる、ということを周囲に言うと訝しがられましたが、それは私にとって譲れないものです。お金と時間は限られていますが、私の感覚でピピッときたものは、できるだけトライしておきたいと思います。


現場を見ることが大事というのは、使い古された言葉なので、今更言いません。教員という立場をしていると、講義や講演、自分の執筆する論文・論説文等で使う資料の挿入写真はオリジナルを使いたい、というのは良く聞きますし、私も思います。フランスで構造物を一緒に見に行っている際に、細田先生とも同様のこと話をしていましたが、やはり、きちんと知っていないと相手に対して発信する迫力が違う、と思います。私の解釈では、写真自体は手段なので、(著作権はクリアした上で)他人のものでも構いませんが、 その構造物をきちんと見て、かつ、自分の力で考えて、という苦労をして初めて、相手に伝わるのだと思います。よって、単にその場所に行ったと記念写真だけを撮って、自分の講演スライドに入れても、単に行った事実だけであり、血肉になっていないと思います。



その上っ面の知識にならないように、何かを見に行く際には、私は徹底して下調べをするようにしています。事前に頭に知識があると、より現地で学べるからです。


今回のフランス出張では、フレシネー、エッフェルについては、それぞれの伝記的な書籍1冊に加え、論文(論説文)を数編読んで行きました。そして、最近の恩恵として、グーグルマップで徹底的に場所を調べて、臨みました。


自分でも時間があって良くやったなと思ったのは、7年前の2007年夏に黒部ダム(一般に簡単には立ち入れない高熱隧道含む)を見学したときですが、当時の資料・論文を探すために土木学会図書館に行って文献複写をしてまで下調べをしました。ただ、如何せん経験不足で若かったので、わかったつもりであまり身には付かなかったのですが、いろいろなキーワードは頭に入りました。

フランスで決壊したダム、マルパッセダムのことも、黒部ダムに行く前に、下調べで用語だけは頭に入っていました。ダム堤体内を案内していただいた際に、原位置試験の事もお聞きして、当然マルパッセダムの話もでてきました。ただし、実際にどういう事故だったのかはわからず、その後7年間、知識量はそのまま止まっていましたが、今回フランス出張で、マルパッセダムに行けそう、となった際には、アンテナを張っていたおかげで、すぐに飛びつきました。そうやって、点と点が繋がったのです。そのダムの凄さは、別途ブログで紹介したとおりです(まだ表面的で、もっと深めたいのですが)。

話は黒部ダムに戻ると、トンネル建設の熊谷組がクローズアップされますが、鹿島建設は何をやったかというと、黒部ダムの本体工事で使用する骨材(砂利)を調達することです。黒部ダム工事記録を見ると、そのことも詳細に書いています。どの河原で大量の骨材を採取したのか、など。実際には、大町から下った河原を掘削して調達しています。それも、実際にバスで通った際に、読んだことのある川の名前で、今ここだ、とわかったのです。

マニアックで、それが何に繋がるのか、という豆知識も多いですが、とにかくアンテナを張ることは大事だなと思っています。


フランス出張の帰りに、ニースからパリに戻る国内線飛行機の機内で、高度を下げてきて、ふと下の風景を見たら、川の形状を見て、マルヌ川だとピンと来ました。頭の中に地図が完璧に入っていたからです。そして、つい3日前に訪れた、フレシネーが製作した、トリバルドー橋、エスブリ橋を空の上から同定できました。フランスを去る直前に、3日前に苦労して巡った橋を、再度、今度は空から見ることができたのは、ラッキーだったともに、それは自分が準備してきたから他なりません。一人で感動に浸りましたが、とにかく、そのような小さなことを積み立てることは、大切なのかなと私は思っています。

ただし、私はインプットは大きけれども、アウトプットは小さいなと思っています。貴重な体験をしたのであれば、可能な範囲で、アウトプットもしていきたいと思います。

フランスの構造物を、どうやって巡ったのか(マルヌ5橋については、一人で電車とタクシーで巡った、等)、についても日本の皆さんに有益になることは公開していきたいと思っています。

まずは、これまでどの構造物を訪れたか、特に現場調査をした構造物を含めて、地図にプロットすることにしました。そして、今後訪れたいと思っている構造物も。内容も拡充していきたいと思います。こうやって一覧で見渡せることで、心理的な距離感はなくなり、後はどうやって行こうか、という思考に変わってきます。

フランス出張がそうでした。未知なる外国の構造物は、本で読んでもスルーしがちですが、地図にプロットすることで、現実味を帯びてきます。

ブログでは再掲になりますが、私が作成中の地図を、ご紹介します。

1)国内で訪れた/今後訪れたい構造物の地図一覧
2)フランスの秀逸な構造物一覧

未完成でもいい、こうやって一歩を記すことが、次の点と点が繋がるきっかけになると思います。

2014年9月18日木曜日

訪れた(い)土木構造物の記録

主として土木構造物を見学して、色々と写真を撮ってきたが、結局取りまとめないまま死蔵している写真は多い。

こういう職業柄、ふとした時にあの写真を使おうと思ったりすることもあるが、後年の記録のために、現状であれば、このブログを中心に写真1枚でもいいので取りまとめておくのがよいだろう。

時間を見つけて行いたい。

検索性を持たせるにはどうしたらいいだろうか、と思っていたのだが、今回のフランス出張の際に、構造物を地図上にプロットする技を覚えたので、それが使えることに気付いた。

フランスの構造物の地図(林作)

ちょっとした時間があるときに、これまで訪れた、土木構造物、建築物、その他、をプロットしてみた。

将来的には、ブログを作ったならそのリンクを、少なくとも写真だけでもリンクを貼っておきたいと思っている。


これが、私が訪れた/訪れたい構造物群の地図(林作)


マルパッセダム 崩壊現場(Malpasset Dam)

マルパッセダム(Malpasset Dam

1959年12月2日 完成したばかりのアーチダムが、満水時に決壊した。 水は下流に流れて、多くの方が亡くなった。

私は、マルパッセダムという言葉は、10年ほど前の黒部ダムの内部の見学の際に、 事前に下調べで知ったが、結局当時はマルパッセダムが何だったのかまでは調べないまま、今に至っていた。

これを機に岩盤強度の研究が進んだこと(失敗学では、人類にとって有益な失敗と分類されるだろう)、当時建設中だった黒四ダムの計画変更が行われたこと、で有名である。

詳細は、以下のページに譲る。

Stracurae(英語)

Wikipedia(日本語)

検索していたら、Youtubeにて、当時の報道の動画(約1分)があった。崩壊後間もない映像で、押し寄せた水で町が破壊されている様子、人々が悲しんでいる様子や、ダム自体の様子が写っている。当然ながら新設ダムの周りの木々は伐採されていたのが、50年経過して木々が生い茂っている今の様子と異なり、時間の流れを感じさせる。

https://www.youtube.com/watch?v=9_61-wGFlcc


さて、マルパッセダムであるが、高速のインターチェンジから、15分ほど進んだところにあり、駐車場に車を停めてから、結構歩いた。川沿い(水はない)を歩くと、たまに、巨大な石が転がっていた。





当初、石だと思っていたら、近づくと、中から鉄筋が数本飛び出ている。よく見ると、コンクリートの巨大な塊であった。大きめの骨材とモルタル分が見える。
人間の大きさと比較すると、その巨大さがわかる。柱状ブロックの工法で作られているので、破壊の際にも柱状ブロック単位で破壊し、それが、巨大な水の流れで押し流されてきたようだ。この時点で、まだ下流500mぐらい。角が取れて丸くなっているので、まるで、岩だ。




ダムサイト下流部に到着。写真左上の水平部が、堤体の高さ。欠けている部分が、失われたコンクリートダム。


残った堤体も、結構ひび割れが入っている。
放水路(正確な名前不明)は、一部出口がひん曲がっているが、残っている。



放水路の上流部の、取水部の、異物がつまらないためのスリット。


堤体を歩く。人間の大きさと比較を。右上の斜面にも、ブロックが転がっている。

この部位の堤体の幅は、5m以上。実際に立つと怖くはない。


下からアクセスできる最上部まで接近したところ。傾斜はあるので、本人はそれほど怖くないとのことだが、見ているほうは、崖に立っているように見えて、怖い。
駐車場付近にあった銘板。


このような、壊れたダムが、遺産としてそのまま残っていることのスケール感に圧倒された。この現場で再度ダムを造ることが、撤去を考えるとコスト的に合わない、ということもあろうかと思うが、土木技術者・人類への教訓として実物が残されていることに敬意を表したい。

11/22(水)午後 コンクリートの品質確保 甲子園決勝 in 高松

しばらく、トップ記事に固定します。 気分は日本シリーズ、甲子園決勝、の気概で計画しています。 以下および添付資料の通り、コンクリートの品質確保に関する報告会及びシンポジウムを開催することとなりました。材料-施工の取組みで華々しさはありませんが、i-Construct...