2015年6月30日火曜日

東京出張

7月には、東京出張が4回控えています。授業は正規の手続きで授業変更を繰返し、変則的ですが廻っています。

私がいないと卒研の指導などがどうしても削られてしまうため、そうならないようにタフな人材を育てなければなりません。研究が現場とリンクしているので、できるだけ学生も連れて行って、先方との折衝の姿を見せるようにしています。

学生に現場で考えさせることも、以前と比べて重視することにしています。機会が人を育てると教わってきたので、まさにそう思います。


高松からは遠方ということもあり、東京出張の際には、できるだけ複数の業務を入れるようにしています。

7月1回目の時には、東京での学術委員会と栃木での講演があります。
http://www.tochigictc.or.jp/wordpress/wp-content/uploads/2015/05/H27-A-08-%E5%AE%9F%E6%96%BD%E8%A6%81%E9%A0%98%EF%BD%BA%EF%BE%9D%EF%BD%B8%EF%BE%98%EF%BD%B0%EF%BE%84%E5%9F%BA%E7%A4%8E.pdf


7月2回目出張の時には、昨年度採択された研究助成金の報告会があります。発表件数もあるので、プチ学会発表・シンポジウムのような感じです。港湾といっても、様々なジャンルの研究者の発表になるため、普段参加する学会の同一セッションには収まらない内容なので、普段は聞けない他の発表者の聴講も楽しんできたいと思います。成果報告会なので、技術的内容の他に、その研究者の流儀などエッセンスも吸収できれば良いなと思います。
http://www.scopenet.or.jp/main/course/html_KH27.html


メッセージ性の薄いブログ書き込みではありますが、私の家族など、近況を楽しみにしてくれている人も読んでいるので、ということを言い訳にして、書かないよりか書き込んでおくようにします。
















2015年6月16日火曜日

涙腺が緩いのは、だいぶ前からですが。


先週の山口出張は、沖縄の技術者との現場調査と会議でしたが、飲み会のお話の中で、沖縄県での離島架橋の工事の話をお聞きしました。マスコミ向けのオフィシャルな開通式ではなく、それが終わったあとに、地元のからから感謝されたことで、その場にいた技術者が感動して涙した、という話を飲み会の場で聞いて、私も涙してしまいました。その方の話しっぷりと、想像力だけで。

最近でこそ、災害に強い国を作るための土木ということで、建設行為が正当に評価されるということが珍しくなくなってきているものの、私はもの心ついたときから、便利な土地に住んできたので、建設行為で生活が改善されるという経験をしたことがありませんでした。

横浜に住んでいたときには、どことどこの高速道路が結ばれて、渋滞が減ったとか、何分短縮されたというもので、生活が劇的に変わったことはありませんでした。唯一驚いたのが、横浜ベイブリッジができる前と後では、横浜市内の渋滞が圧倒的に変わったというのを聞いたことですが、私が横浜に来る数年前の出来事でしたので実感はありません。

親の仕事で全国転勤がありましたが地方都市においても県庁所在地ぐらいの都会には住んでいたので、不便という実感もありませんでした。

その中で、離島架橋というと、住んでいる人にとっては、学校に行く、仕事に行く、という生活がかかっています。そのような状況を知らない、想像もしない、遠く離れた外野の目から見ると、1人あたりのコストがどうかというマクロな視点でしか見ることができないけれども、現地の人にとっては、死活問題なのです。ここでは、公共投資の是非という議論は敢えて避けていますが、感謝される橋を道路を作ることの意義、というのは本質だろうと思います。


同じく山口の出張で戴いたのが最近JRから発行された災害復旧記録でした。2年前の平成25年7月28日に山口・島根で起きた大雨災害により、JRの山口線・山陰線が大きな被害を受け不通になり、13ヶ月という短時間で復旧を成し遂げた記録です。

山口県のひび割れ抑制システムを、JRのその復旧工事でも利用し、データベースを活用した設計の検討であったり、実際にシステムを動かして、そのデータをとったりしたことは、委員会を通じて聞いていましたが、実際に参加したことがなかったので、当事者意識はなかったというのが本音です。製本された報告書を戴きましたが、まずは、その部分だけ読んで技術的なところを吸収しようと思っていました。

全部読むのに2時間ぐらいかかりましたが、読み進めると、私が知らなかったほどに災害は激しく、被害が甚大だったこと、バスによる代行輸送の困難も伴いながら、13ヶ月で橋梁の掛け替えを実施された、ということがわかりました。開通式の文章や、携わった方々の言葉を読むと、自然と感動し、涙が流れてきました。

みんなが主役とはよく言いますが、それぞれが責任を持って行うことで、災害復旧を成し遂げることの素晴らしさ、地元から熱望されていたこと、など、土木の醍醐味でしょう。

便利で当たり前の日本、きっかけは災害という場面が多いのは複雑ですが、土木の大切さをしみじみと感じました。


関連して、1冊の本を思い出しました。
土木に関する本は収集している方ですが、建設の物語というと、明治時代や、高度経済成長期の話が多く、どうしても違う時代だ、という先入観を持って見てしまいます。吉村昭の本などは、特に。田村嘉子さんも明治時代の近代日本を作る突起の話が多いですが、その中でも私が好きなのは、平成の現代に焦点を当てた「余部鉄橋物語」です。現代、地元の方から愛されて熱望された橋、ということで、これまたおすすめです。

2015年6月15日月曜日

繋がる、芽が出る

本日は、構造物管理者である某所にて、情報交換。

私からは、新設構造物の品質確保、表面吸水試験、などについて情報提供し、先方からは現在抱えている耐久性・維持管理上の問題について説明いただきました。

劣化メカニズムがよく分からない案件でしたが、解明のためのいくつかのヒントがぱっと浮かんできました。

それは、もう10年前になりますが、前職の横浜国大で細田先生が始めた構造勉強会に参加して、古典ともいわれる、分野毎の著名な論文を読む会で読んだ論文でした。それは、東工大の長滝先生、大即先生らの一連の腐食の研究に関するものでしたが、現在でも引用されています。

もう1つ、横浜国大で開催された(した)、何回目かの勉強会での大成建設の丸屋さんの講演において、冒頭の話しはじめのとある写真とその説明も、印象に残っており、それがヒントとなりました。

土木学会335委員会の現場調査で、他の委員の方が実施されていた試験手法も、当時手伝ったり身近で見てきたことも、ヒントになりました。

全て私が経験してきたことで、それが、今日の打合せでポツポツと出てきて、繋がってきました。自分で言うのも何ですが、これらの経験が決して無駄にはならず、10年近く経て、引き出しから出てきた、という感触です。その時の経験が、まさに私の血肉になっていたのでした。

謙遜すると、これで終わりではなく、これをきっかけに、どう一歩を踏み出せるかがかかっているわけですが、少なくともスタート地点に立てたことは、良かったと思います。高専に戻り、先ほど、メールであるアクションの提案をしました。


反省点を考えてみます。10年前のことは良かったとしましょう。では10年後の自分への投資は、今できているのか、ということもボディーブローのように効いてきます。上記の10年前からのインプットは、当時の上司であり、同士(と、本人がおっしゃる)でもある細田先生がきっかけになっているものが殆どで、自分からのアクションではありませんでした。

最近の、香川県の現場でのアクションの経験という意味では充実はしているけれども、ここ高専では、論文のインプットが大きく落ちていることは自覚しています。今日のきっかけは、そういうことに自らポジティブな側面で気づかせるものであったと、ポジティブに考えています。

だれも、文献読め、と怒られて読む気になる人はいないでしょう。でも、今日のポジティブな体験を経て、貯金を使ってしまったから、また貯めておこうという気になりました。


きっかけは何でも良い、とにかく、自分が動くこと、動ける方法を模索すること。

山口の原点から

先週は、6/11-12と山口県のコンクリートの品質確保に関する現場視察と会議に参加してきた。前日は東京の土木学会で会議だったので、いつものように移動が慌ただしかった。

フライアッシュコンクリートを実際に使っている某県の方々が、山口県の品質確保の取り組みを3日間視察することに、私は2日目から参加し、議論に加えさせていただいたものである。

フライアッシュの実用化は、発注者、学識経験者、コンサルタント、生コン、など各者がプレイヤーとなって、それぞれができることに取り組んだ成果であった、と思う。それぞれが当事者意識を持つことが如何に大切か、逆に、当事者意識のない個々人や組織がいる段階では何も新しいことは生まれないか、に尽きる。懇親会でも熱い議論をさせていただいた。

今回、フライアッシュの適用という観点、他県での品質確保の取り組み、という点で最新の情報交換をしたかったことに加え、私も来月栃木県で品質確保の講演をするための確認という意味もあった。そういう意味もあって、キーパーソンの二宮さんの発表は、これまでになく行間を漏らさぬように聞くことができた。

前半の現場視察に関しては、目視評価を改めて行ったのであるが、直前に高松で学生と一緒に多数の橋脚の目視評価を開始していたために、これまで気づかなかったことも見えてきた気がし、より能動的に考えることができた。

品質確保に出会ったのが数年前であるが、山口に来るたびに、自身が成長していることに気づかされる。

当事者意識が深まることで、同じものもまた違う側面が見えてくる。