2016年1月10日日曜日

撥水力

先日から、風邪を引いて、この3連休のうち、1日半は完全に寝ていた。ぼーっとしつつも起きているときに下記のことを考えていた。正常な考えでないかもしれないことをご容赦いただきたい。風邪については、頭とのどの痛みは残るが、夕方からやっと復帰した。

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ヨーグルトの蓋に、ヨーグルトがくっついて、舐める→お母さんに怒られる→次からはこっそり舐める

という構図は、私が幼少時から経験したことがあり、一般的に認知されていると思う。

蓋の裏についたヨーグルトほど、旨いものはない、とまで言えるかどうかは置いておいて、一種のノスタルジーな経験のような気もする。今は、残さず食べるという観点で、スプーンですくってきれいにする程度のことは行っている。漫画のサザエさん、ドラえもん、ちびまる子ちゃんでも、多分ネタになっていることと思う。

先日、子供用に買ってあった、森永のヨーグルトを食べたところ、蓋にヨーグルトがくっつかないことに気づいた。小分けのヨーグルトは、子供用と決まっていたので、私が食べたことが偶然であるが、たまたま風邪をひいており、のどにすっきりするものを食べたかったからである。




その製品は、森永のビヒダス。

私は、ヨーグルトはかき混ぜてトロトロにして食べるのが好きなのだが、小分けパックの場合には、蓋を開けない状態でよくシェイクすると、その手間が省けるので、時たまそうしていた。欠点は、振ると蓋につく量が多いということだったが、その晩は、それがゼロだったので、一瞬で気づいたのだ。


念のために蓋の上にヨーグルトをのせてみたところ、見事な表面張力。

調べてみると、結構前から、この蓋は開発されていたとのことで、私が知らなかっただけだった。



私が嬉しかったのは、このビヒダスのヨーグルトを食べるのは(少なくともここ数年では)初めてだったのに、1回目で気づいたことである。「機能」には敏感なつもりである。

汚れ防止などのために、撥水性を持たせるのは、色々な分野で行われている。よって、技術的に解決する方法としては、ゼロから発明するほどは難しくなかったのではないか(もちろん、何かしらの困難はあったのは想像に難くない)。


このことを知ってまず思ったのは、よく、ヨーグルトに適用したな、ということである。すなわち、社内の会議を通ったな、ということ。

上記の記者発表を見ると、蓋の汚れで手や服など他を汚したくない、分別のゴミに捨てられる、ということであった。しかし、分別であれば、プラスチック容器の方にはべっとりこびりついているので、プラゴミの分別に関しては、100の手間が0になるわけではないという中途半端な印象を受けた。

それよりも、蓋についたのを舐める(大人として言えば、もしくはスプーンですくう)ことの喜びを奪い取られた、というちょっとした残念さであった。


色々なクレームに対応しなければならない日本の現代、例えば、1gのヨーグルトが蓋についていたら、容量が不足だ、などのクレームもあったのだろうか。多分、その分も含めて多めに入っているのかもしれないが。

さらに行くのであれば、森永には、是非、プラスチック容器自体の撥水性を高めて、プラゴミ分別の際に一切洗わなくて良い所まで持って行って欲しい。対処のコストが無視できるのであれば、だが。


私の中での、4大面倒な料理の1つが攻略されてしまった。残る3つについても、日本の技術力でなんとかして欲しい。


2)モスバーガーのハンバーガーのソース

(ここ10年ぐらいモスには行っていないので、実は解決されているのかもしれない)

これはモス自身の鉄板PRネタでもあると思うが、「ソースが美味しいので、ハンバーガーからこぼれ出たソースを舐めたいけれども、彼とのデート中なのでそれが叶わない」という内容の宣伝をしていたと思う。

これも、パンに対する撥水技術(でなくてもよいが)か何かの技術革新で、解決できないだろうか(笑)。ソースの粘度を高めるなどあろうかとは思うが、期待したい。


3)ミルフィーユ

いつかどこかで、私の嫌いなものはミルフィーユと宣言したことがある。作り手(パティシエ)の傲慢ではないかと。プニっとクリームが出てしまうので、どうやってきれいに食べられるのか。弾性係数(粘性体なので、弾性といってはいけないのだろうが)が異なるものがサンドイッチされていると、そもそもきれいには食べられない。倒してから食べるのが、マナーだという、「専門家!」の言葉を聞いたことはあるのだが。

是非、撥水技術(でなくてもいいけど)で解決していただきたい。

なお、私は甘いものは好きなので、ミルフィーユ自体は好きであるが、ミルフィーユを出せば喜ぶだろうと思うことが嫌い(大事マンブラザーズ)というのが正しいかもしれない。


4)白衣を着ているときのカレーうどん

白衣を着ると何故かカレーうどんが食べたくなる。何とかなんとかならないか。撥水力で。あんかけ風にしたら、今度は舌が火傷するか。

そもそも、白衣を撥水にすれば良いという突っ込みの声が聞こえたので、これに関しては解決。


上記の3つの悩みが解決するだけで、結構な量のCO2が削減できると思う。

2016年1月5日火曜日

仁杉巌博士からの贈り物

(1/7追記)


本日2016年1月5日の新聞朝刊において、仁杉巌博士が2015年12月25日に永眠されたことを知りました。100歳でした。ご冥福をお祈りいたします。

http://www.nikkei.com/article/DGXLASDG04HF2_U6A100C1CZ8000/

直接の弟子でもなく、孫弟子でもないのですが、仁杉博士と関係するエピソードは沢山ありました。

私が助手1年目の時に、横浜国立大学にお見えになり、構造実験棟で柱の耐震の実験を見学されました。当時は偉い人、としか知りませんでしたが、その後様々な場所で仁杉博士のことを見聞きすることになりました。

その時に私が参加者全員の記念撮影のシャッターを切ったことは強く覚えています。よって、私も一緒に写った写真はありませんが。

一番大きなものは、彼が若い技術者だったときの、国鉄信楽線 第一大戸川橋梁の掛け替え事業です。1956年に、鉄道構造物初のポストテンションPC工法でスパン30mの橋をかけたのです。日本ではまだ十分な情報や実績がない中で、海外の設計も参考にしながら、設計、施工を成し遂げ、その成果を土木学会論文集に56ページの大作を書かれました。委員会の調査で必要なので何度も読みました。この論文は、学会規準ができるまでは、実質的な規準・教科書として機能していたと聞いたことがあります。
http://library.jsce.or.jp/jsce/open/00037/27.html


土木学会コンクリート委員会(335委員会)において、その橋梁を調査する機会があり、当時開発中であった表面吸水試験を実構造物の桁で実施したり、横に置かれている試験桁のコアを採取したり、委員会メンバーが総出で品質を調査しました。その私が採取したコアコンクリートは、テレビ「夢の扉」でも紹介されました。
http://www.tbs.co.jp/yumetobi/backnumber/20110227.html
(この岸先生が持っているコンクリートコア)

http://kazuh-hayashi.blogspot.jp/2013/06/blog-post_5612.html
(そのことを書いたブログ)

その橋と、委員会での調査の様子は、次の上田氏の文章でも読むことが出来ます。
https://www.jstage.jst.go.jp/article/coj1975/46/9/46_35/_article/references/-char/ja/


当時の建設を記録したビデオが、当時の鉄道総研で撮影されて記録映画としてとりまとめられています。土木学会335委員会の報告会で参照させていただいたことはありますが、何故かわかりませんが、Youtubeに一部だけ掲載されているので紹介はします。(私は関係ありません)
https://www.youtube.com/watch?v=FsvoNaVD0qs


なお、土木学会映像委員会の、限定ページ(お願いすれば、土木学会会員はIDはもらえると思います)には、このビデオもアップされています(8分+8分)。
http://jsce.metamovics.jp/login/index
(直リンクしかわからず、元リンクが分かりません。土木学会付属土木図書館(土木技術映像委員会事務局)が管轄のようです。)


その後、第一大戸川橋梁は、製作者がご存命中には異例中の異例という中で、文化財登録されました。
http://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/198209

なお、私と細田先生の表面吸水試験の開発のバネになった、「接着剤の跡が付く」、については、たまに講演で話しますが、実はこのようにくっきりと跡が残っています。写真がたまたま雨上がりに撮影されたもので、くっきり見えてしまいます。私と細田先生が足場に登って、表面吸水試験装置をくっつけた跡です。
http://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/198209/2


その後、文化財登録をお祝いするが土木学会主催で行われましたが、その席に於いて、仁杉博士は、現代の技術をもって、第一大戸川橋梁の健全さを評価してもらえて嬉しいというような内容のことを話されて、嬉しく思いました。その後も折に触れ、そのことを話されているので、それに携われたことに鼻高々でした(当時の委員会メンバーは皆、思われていたのではないでしょうか)。


2002年に遡りますが、FKKの社長から、仁杉博士が監修された鉄道構造物の耐久性の本を贈呈されて、自分の研究にも大きく関係する内容で、むさぼるように読んだ思い出があります。

監修の本ですが、「鉄道土木技術者が経験した変わった構造物と特異な災害(交通新聞社)」は短いエピソードの集まりで読みやすいのですが、その中で、活断層で食い違ったトンネルの話があります。吉村昭「闇を裂く道」とともに、丹那トンネル掘削中に起きた昭和5年の北伊豆地震の話をして、その本も引用して、耐震工学の授業で紹介しました。何と、お亡くなりになる1日前の2015年12月24日です。事例の紹介にとどまらず、話は脱線して、書籍の監修者の仁杉博士のことも話をしました。


最後に、楽しいエピソードです。2010年6月14日の朝のNHKニュース「おはよう日本」の「まちかど情報室」に間違いなく出演されました。盆栽か何か植物を育てられていて、生育で困ったことがあれば電話でサポートしてもらえるサービスがある、という紹介だったのですが、「仁杉巌さん」と実名が出てご本人が出演されていました。植物の生育悪いのが気になっている、というようなコメントをされていたような。ビデオは撮れなかったのですが、それに気づいた数少ないコンクリート技術者として何か運命を感じます。
(まちかど情報室のアーカイブには、登場する視聴者の情報は記録されません)
http://www.nhk.or.jp/ohayou/machikado/

→どなたか土木学会・コンクリート関係者の方へ。今後追悼の企画が行われると思いますが、是非NHKに交渉して、このビデオを入手いただけると幸いです。


直接の弟子ではないですが、社会人になった私の中で、文献や構造物やご本人の言葉から得るものは沢山ありました。

仁杉博士の論文や文章は、書籍を除いてまだ殆ど読んでいませんが、今後も読むことが多数あろうと思います。その時の私にとって、新しい方向性を指し示していただけるものと思っています。

これまでどうもありがとうございました。そして、これからもよろしくお願いします。

(1/7追記)
文化財登録のお祝いの会のとき、高知工科大学 大内先生の計らいで、私と仁杉博士とのツーショット写真を撮って戴いていました。すっかり存在を忘れていたのですが、再度お送り戴きました。大切な写真です。

小総括

前回のトピックが、新年はじめの投稿にしては半分ネガティブな話題だったので、明るい話題を最新にしておく。

2015年を振り返ると、コンクリート品質確保の委員会にも所属して、色々と全国足を運んでいたことを、私のホームグラウンドの香川県で建設協同組合の方々への講習会として実施できたのは、1つの成果であろう。その後の展開に結びついていし、まだ批評の禊(みそぎ)は受けていない。また、講習会だけを行って自己満足するものではない。しかし、一歩を踏み出さないと二歩目はないわけで、よって、ポジティブに良かったと捉えよう。

エジソンも、成功の秘訣は、成功するまでやることと言っている。1万回失敗したではなく、成功しない法則を1万個発明したのだ、という。


香川県コンクリート診断士会準備会の方も、当初想定していたゴールとは異なるが、メンバーが納得する方向で開花しつつある。


もうひとつ個人的に大きかったのが、技術士の受験であった。筆記試験の突破は、きちんと勉強も対策もして、かつ実力も付いたという自負はあった。だが、面接に至っては、模擬面接を受けて、(初めてお会いしたが、ボランティア的にやっていらっしゃる、土木の先輩技術者でもある)講師から、有益な指導という正しい批判を戴くことで考え方や方向性の修正して、無事12月に面接を終えた。結果発表の3月まで待たなければならないが、ある資格試験を受けるということは、自分自身を見つめ直すタイミング、すなわちフィードバックというか、PDCAサイクルなのだと改めて思った。博士を取得するモチベーション、その時の苦労や成長とオーバーラップした。


今年は6月についに40歳になる。例えば助成金の応募も40歳未満限定、のものに多数助けられていたのが、本当の意味での大人?になる。頑張ります。

2016年1月4日月曜日

エジソン

昨年の10月からの怒濤の3ヶ月は、本当にきつかった。授業を廻すことの大変さとともに、そのルーチンを廻した上で、研究+委員会や審議会などの仕事もこなす必要がある。もちろん、それらを淡々とこなすことが必要だし、それをこなす「やり方、ルーチン」のようなものも確立しなければならないのだが、恥ずかしながら、それができていなかった。

結局は睡眠時間やプライベートの時間にまで押し寄せて、それを削り、犠牲にしてなんとか成り立っていたように思う。仕事のやり方がまだ確立できていない、のだろう。要らない仕事を切ること、要る仕事を効率よくこなすこと・・・・。

で、それで削られたのが、読書の時間だったように思う。ということで、冬期休暇中は、子供と過ごすことを主に置きつつも、たまっていた本、新たに注文した本を、読んでいる。

そのうち1冊が、発明王エジソンにまつわる本。たまたま年末につけていたNHK教育の番組で、有名な言葉の本当の意味、みたいな特集だった。エジソンの「1%のひらめきと99%の努力」は、日本では、努力が大事だとして道徳として紹介されているが、実際の意味は逆であったと。すなわち、沢山努力しても、ひらめきがないと報われない、というような意味のようだ。他に、マリーアントワネットの言葉として有名な「パンがなければ、ケーキ(ブリオッシュ)を食べれば良い」は、実はマリーアントワネットの言葉ではなかった、とか、目から鱗の情報であった。で、エジソンの件は気になったので、改めて、小学校の時の伝記以来に、まともそうな本を購入してみた。

浜田和幸著
快人エジソン
日経ビジネス人文庫
695円のところが、絶版のため中古でプレミアムがついて977円+送料。

伝記の方が、日本の道徳教育に合致するように、だいぶ変えられているようである。例えば、野口英世のように・・・。

半分まで読んだところであるが、知らないエピソードばかりで、良い。伝記に出てくる、小学校を退学したとか、小さい頃新聞売りをして、とかいうのは省略されて、発明王がどうやって発明をしていたのか、等の技術的なところ、マーケティングに優れているところなど、余すところなく紹介されている。


で、そういえば小学校の時に読んだ伝記はどうだったかと思ってちょっと調べてみると、次のページを見つけた。ただ、これは、今読んでいる本に近いようで、解説も大人が読んで面白く、よくできている。ただ、気になったのは、このページを誰が作ったのかが一切書かれていないこと。アフェリエイト用の、どこかのまとめサイト的なものなのだろうか。エジソン財団のようなものが作っているようでもあるが、発行者が書かれていないのでなんとも言えないが。よくまとめられているサイトである。下記サイトの中で、挨拶の「Hello」の発明は一般にエジソンと言われているが、そうではないようだと書かれているが、前述の「怪人エジソン」では、最近になって(単行本の初出は1996年)新たな文書によってエジソンが発明したことが証明された、とあるので、それが正しいのだろう。

http://www.edisonworl10.com/


昔に読んだ伝記のことを考えていたが、ある程度の内容は、実際には書かれていたが、私が理解できていなかっただけかもしれない。偉人としての文脈からは、いきなりおかしな言動が書かれても子供には理解できないだろう。女癖が悪い、とかは、直接書けないので省略されるが、どうしても書かないとおかしくなるところは、事実だけ急に登場する、とか。


話はエジソンから飛ぶ。野口英世は金遣いが荒いことは近年でている本では有名であるが、日本で一晩にして渡米費用を使ってしまうが、伝記では、何故かお金を工面してくれる人が現れて解決するそうだ(私もそんな記憶が残っている)。その工面をしてくれたのが、SF作家、星新一の父、星一である。星一は、明治時代に、明治政府に睨まれていた人物のため、その業績はほとんど抹殺されていると、星新一は「人民は弱し官吏は強し」で愛情深く描いていた。中学ぐらいに読んで感動した本である。こちらも再読したい。

2016年1月3日日曜日

教育

年が明けてしまったが、年末から書きかけのエントリーを仕上げる。


今年1年を簡単に振り返ってみると、結果として、高専での自分の授業をどうやって高める、確立するのかに重きを置いていたのではないかと思う。重きを置いていたと言えばかっこいいかもしれないが、そのことで手一杯で、他のことが遅れがちになっていたのは確かである。

高専の3年目であるが、前職の助手(職名は特別研究教員)では、実際に授業は担当していなかったので(実験および補助)、授業歴3年目である。

1年目は前任者から引き継いだ授業の実施で手一杯、2年目は、担任も持ちながらその年に実質的全ての科目を担当するようになり手一杯であっと言うまであった。3年目の今年は、徐々に自分の授業を確立し、自分なりに改良を加えていく年であったように思っている。

たまたま、2年目の終わりに、他高専・大学の先生と実験系授業改善の取組みのミーティングがあったのでそこでの動機付けもあるのだが、構造工学実験では、今年度から大きくやり方を変えて、ルーブリック評価に基づいた方法&レポートの書き方の実践に力を入れた。それなりの効果は出ていると思っているが、まだまだ荒削りで改善は継続していきたい。12月の学内の授業改善事例発表会で発表できたことは、とても良かった。

また、今年に1つ新しい専攻科の授業が増えたことも、大きなウェイトを占めている。来年も、構造力学2を受け持つことが決まったので、その対応も徐々に始めなければならない。

秋頃から、たまたま隂山英男氏(現在は教授)が発する情報に触れる機会があって気になっていた。当初は、百ます計算をやっている人、小学校教育に関するプロか、という程度しか知らなかったのだが、氏の発する情報を収集していると、私が直面している高専教育にも繋がる示唆が得られ、とても参考になっている。こうやって自分で試行錯誤しているなかで彼(の情報)に出会ったことは、必然なのか。

教員として、そして、担任として、どういう風に学生に接すれば良いのかということ自体も、まだ確立できていない。もっともっと勉強しつつ、実践しつつ、批判も受けながら、自分の方法を確立していきたい。

11/22(水)午後 コンクリートの品質確保 甲子園決勝 in 高松

しばらく、トップ記事に固定します。 気分は日本シリーズ、甲子園決勝、の気概で計画しています。 以下および添付資料の通り、コンクリートの品質確保に関する報告会及びシンポジウムを開催することとなりました。材料-施工の取組みで華々しさはありませんが、i-Construct...