2016年2月15日月曜日

藪の中

芥川龍之介の「藪の中(やぶのなか)」はご存じだろうか。黒澤明の「羅生門」も藪の中を原作としている。

事実は1つのはずであるのに、それを断片的に目撃した・関わった人にそれぞれ語らせると、全て異なった解釈となっており、真相解明を困難にする・・・・・。



現在続けているヒアリングにおいても、ある技術的な事柄に関して、全く逆の解釈が返ってくることがあった。一瞬戸惑ったものの、実際に聞いてみると、片方はきちんと探求の目で観察していてその根拠も確からしく、他方はフィーリングでそう感じているというものであった。

どちらがより確からしいかという比較をし出したらキリがないが、どちらもある断片を見ているに過ぎないので、ある前提条件の範囲においてはどちらも正しい解釈と言えよう。

結局は、片方の意見だけを鵜呑みにしていると、ミスジャッジを起こしかねなかったということである。

実際には対象としている事象は全く同じものではないし、条件も異なることから、そのバックグラウンドも踏まえて解釈しなければならない。


似たようなことで、人は、見たいものしか見えない、というのもある。結局は、自分自身の仮説に合うような都合の良いことしか見えない、聞こえないのである。今回の私のインタビューで危ない点もそれである。1回目の意見を聞いて、それが私なりに納得できたとしたら、あたかも自分が直接目にしたことのように錯覚に感じてしまっていたが、その偏った考えを早期に修正することができて良かった。


それにしても、
 1)◎◎に関して影響がある
 2)◎◎に関して影響がない
という解釈については、特に2)については「ない」ことを証明することは非常に難しいため、そのような意見を聞いたとしても注意しなければならないのだろう。一般論として。


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