2017年6月30日金曜日

次のステージへ

昨日は、とある研究会。

現在、最終的にコンクリートの品質確保を達成するためのいくつかの取組みを行っているが、材料と施工をどうやって繋げるか、という所に行き着いている。昨日の研究会ではそこまでの成果を発表し、次のステージに進むことを皆で確認した。

新たなステージへ。

2017年6月25日日曜日

たっすいがは、いかん

キリンビール高知支店の奇跡」という本があるが、数ヶ月前の「武田鉄矢の今朝の三枚おろし」という本を紹介するラジオ番組(のポッドキャスト)で知った。

実際の営業マンのドラマは面白い、と思いながら聞いて、高知の県民性を改めて知った。昔のキリンラガービールを高知県人の声で復活させた(エピソードも含まれている)ドラマである。

私は、ビールについては詳しくなかったので、これまで、好きなのはとりあえず(アサヒの)スーパードライだと思っていた。父が好きだったから、というのがあるだろう。まだ若かりし父が、スーパードライが販売になり、とても美味しいのでビールを切り替えた、という話を聞いたのが、小学生の頃だと思うが(新発売時、私は10歳)、心に刻まれている。

オランダに出張に行った後のしばらくは、Heinekenばかり飲んでいた。

熱い思いに共感すると、すぐに欲しくなる。それを聞いて、急いでキリンラガーを買いに行った。それで、旨い旨い、と思って飲んでみて、しばらくして検索すると、それは、1996年に味を変更した(高知県人が、味が薄い(たっすいビール)と評した)ビールの方だった。高知県人の声で復活させたラガービールは、クラシックラガーと名前を変えているという。

で、改めてスーパーに買いに行ったが、なかなかクラシックラガーは売っていない。香川でも特色のある酒販売店「ヒサモト」で売っていたので、とりあえず6缶入を買った。とにかく、私は物語に弱い。

さて、その本も、実はラジオでさわりを聞いていただけで、実際に本は読んでいなかった。それはまずいだろうと思っていたが、本日たまたま訪れた書店で目についたので購入して、1時間ちょっとで読み終えた。

・真実は現場に有り

・量は質に転化する

・苦しいときの変革は地方から起こる

・NKK(何も考えないで行動する ←これは、本の中に出てきたある社員の行動)

最近感じていたことがオーバーラップして気持ちよく読ませていただいた。

以下の看板は、今月の出張の際、高知空港で撮影したもの。本物を見ることができた。でも、空港内の飲食店では、ラガービールを見つけることができず残念でしたが。


というわけで、現在の所、我が家にあるビールは、キリン クラシックラガー(写真右)である。キリン ラガービール(生)(写真左)ではない。


2017年6月24日土曜日

動かない点 からのインスピレーション


NHKの「大人のピタゴラスイッチ」という番組があります。科学、数学の考え方などをわかりやすく教えてくれる良い番組です。これまでいくつか放送されていますが、「数ピタ(すうぴた)」の回について、あるコーナーで使われているツールを、小2の息子にリクエストされて作ってみました。精度が悪くて軸があってないですが、とにかく家にある材料で完成させました。家に太めのボルトと、それに合う蝶ナットがあって、これは一生家の工作では使わないな、捨てようか、と思っていたものを使えたのが個人的には嬉しいです。このために数年間待っていた、という感じです。

参考まで、ピタゴラスイッチ 数ピタ の回の評判は以下の通りです。
http://www.nhk.or.jp/school-blog/300/206319.html

https://tvtopic.goo.ne.jp/program/nhk/52811/820637/


番組のあるコーナーでは、「動かない点」があるのを、精緻な模型で表現していました。車の角度を変えるだけで、任意の動かない点を作ることできます。

その解説では中学校1年生の数学の教科書が示されて、「円に接する接線は半径に垂直である」ということを説明していました。たまたま今年になって、高校に進学した私の甥(息子のいとこ)から数学の教科書をもらっていたので、息子本人がその表現を見つけて納得していました。

タイヤが左右別々に動く必要があるので、家にあったミニ四駆のタイヤを取り出し、独立に動くように、タイヤの軸に細穴を開け、タイヤ1つずつ、側面から細い木ねじで取付けました。

茶色い軸がありますが、軸の任意の位置に中心を示すボルトをつけます。前後のタイヤそれぞれが一直線になるようにタイヤの角度を曲げれば、そのボルトを中心に、車が回転しますが、中心のボルトは動いていないように見えます。

今回は、アイデアは、全くのNHKの番組からですが、それを家にある材料で作って再現しました。このような科学の良番組があるのですが、著作権もあって、youtubeなどではオリジナル作品を見ることができません。科学教育、という意味では、非常にもったいないなぁと思います。

こうやって、二番煎じでも、きちんと鑑賞に堪えるものを作って発信することも、科学が好きな人たちの刺激になるのであれば幸いです。

作成は父、撮影が妻、娘、息子の家族総動員でした。

まずは、円の半径の違いで2種類どうぞ。



オーソドックスでしたか?

これまでは、軸は物体の中心でしたが、中心からずらしてもそれが成り立ちます。いびつな形をしていますが、必ず中心が存在しています。




さて、今年の私の目標は、高専で教えている、力学・構造・橋梁・設計関連の授業で使える、模型を充実させることです。

目標を掲げるとしたら、100種類と行きたいのですが、手段が目的化しても仕方が無いので、とりあえずの目標は、サンプルの回覧も含めて、小さいのも1個と数えて100にしておきたいと思います。

先ほどの車の模型は子供のリクエストに応じて作ったものですが、さっそく構造力学での平面保持、ひずみの直線分布、曲率と曲率半径に応用できることに気づきました。

実は、曲率の具現化は、当初は、2枚の偏向シートを通過する光の大小で曲率の大小(=曲げモーメントの大小)を表すアイデアを持っているのですが、5年越しでまだ取りかかれていません。この上記の簡易版に先を越されるかもしれません。

手強いのが、断面二次モーメント、断面一次モーメント。目に見えないものをどうやって可視化するか。ずばりそのものをモデルで可視化(1次可視化)、その効果をモデルで可視化(2次可視化)、などいくつかのレベルがありますが、できれば1次可視化をしたいものです。

鋼の座屈現象の再現も、授業が次の単元に行くまでに頑張りたいと思っています。和紙でプレートガーダー橋を作ること。引張に強いが、圧縮座屈、せん断座屈には弱い。加工もしやすいし。

あと、これまである模型を、今後、丁寧に解説して、ウェブページで公開していきたいと思います。

(初回記載、フェイスブックで6月11日公表。その後動画を増やして、文章を加筆して6月24日ブログ公開)



2017年6月23日金曜日

コンクリートの曲げ・せん断・引張のひび割れ角度を再現した教育ツール

コンクリートは、色々な方向の力を受けると、力の方向に応じてひび割れが生じます。よって、力の方向を考えて、鉄筋で適切に補強します。本日の高専での鉄筋コンクリートの授業では、折曲げ鉄筋が、正負交番するせん断力に対しては、せん断力の方向の違いで、鉄筋が効く場合と、効かない場合がある、という話をしました。設計のディテールとして、折曲げ鉄筋はせん断力が常に正または負の場合にしか使えず、正負入れ替わる場合には、スターラップを配置する必要があります。

この授業では、特に模型を用意していなかったのですが、せん断力が作用すると、コンクリートは斜め方向にひび割れるということを、即興で紙を使って示しました。

変形して波打つだけではわかりづらいと思い、力の方向をチョークで書きましたが、それでもインパクトに欠けました。そこで、紙の中央に、斜めに×の形で少し切り込みを入れてみました。これで、コンクリートは引張を受けるとその方向にひび割れやすい、という特徴を紙に入れ込むことができました。その上で、両手を使って、せん断力を紙に加えると、見事、狙ったとおりに斜めにひび割れてくれました。

授業中に以上の出来事があったので、そうか、予め切り込みを入れておけば、コンクリートのモデルとなる、と思い、曲げ、せん断、引張の45度ずつの8方向にひび割れを入れて、加える力を変えるだけで、曲げ、せん断、引張のコンクリートが破壊するのを表現できるのでは、と考えました。

以下は、一人で1時間程度で作成しました。三脚を置いて、自分で自作自演。やっとできた、と思ったら、首にぶら下げていたIDカードがビデオにばっちり映っていて、やり直し、ということもありました。

撮影が終わってから、ピコ太郎が頭をよぎりました。世界でブレイクするのは、模型の中に書いたコメントを、英語で書くべきだった・・・・。

とにかく頑張ったので、どーんと公開します。

原理としては紙だけで良いのですが、一様な力を加えるのが難しいので、鉛筆のようなもので補強します。

動画は撮りませんでしたが、中央に、8方向の切り込みを入れます。上下縁にも、引張が作用した際にひび割れるように、辺の直角方向にひび割れを入れます。

まずは、せん断力を加えました。上下方向に逆方向に平行に動かすとせん断力を与えられます。右が下がる方向なので、これは、正のせん断力です。

次は、負のせん断力です。右上に方向に平行移動します。

次に曲げモーメントを加えます。中心で回転させるのは難しいです。よく考えないと,全引張になって失敗してしまいます(2回失敗で、動画は3回目)。

オーソドックスですが、軸方向の引張もできます。注目すべき点は、元々、8方向に切り込みは入っていますが、引張に対する直角方向の亀裂をだけが自動で選ばれるということです。

そこで、折曲げ鉄筋をビニールテープで再現しました。このテープの方向の配筋に対しては、正のせん断力には耐えることができますが、負のせん断力にはテープ(鉄筋)は抵抗できず、構造物が破壊してしまいます。

次に、梁の鉛直方向に配置するスターラップは、正のせん断力にも、負のせん断力にも両方に耐えることができます。




大学、高専でのコンクリートの授業の参考にどうぞ。是非、感想を聞かせて下さい。Youtubeからの動画ダウンロードもできると思いますが、必要であれば、動画は提供いたします。


往復書簡

元上司、今の同志?の細田先生から、以下のようなブログの記述がありました。

今書いているこの文章は、それに対しての返信は含んでいませんが、私のブログを読んで戴いている身近な方もいらっしゃるので、私はこういう環境に育って、周囲から多数支えられているのだということを知って戴きたいこともあり、紹介します。

さらに、今日たまたま会話した、とある学生にも私のブログを紹介しました。読んでくれているでしょうか。誰だって必ずどこかに仲間はいます。私も価値観を同じにする人に出会って、さらに自分に自信が持てました。


以下、冒頭のリンク。

人間の成長と、社会への貢献(細田暁の日々の思い)

2017年6月21日水曜日

数が質を凌駕するとき ~二番煎じでもいいじゃないか~

昨日は東京で、とある委員会。その後、元上司でもある細田先生、後輩でもある小松先生、他技術者の方合計4人の懇親会二次会での話。

細かい、きちっとしている、メカに詳しい?、というマニアックな面を持っているのは私の取り柄であることに余り気づかず、裏を返せば人間力に劣るのではないかと自分を卑下してした20代の時期があったが、横浜国大時に上司として赴任した細田先生にそれを褒めていただき、極めれば長所になると教えられ、自信に変わった。

さて、香川に戻り5年目になるが、そういう細かい側面だけでなく、最近は特に、香川県内、四国内、さらには九州にもしゃしゃり出て、何か色々と頑張ろうとしている。特に、自分から言うのも何だが、相手の懐に飛び込んで、熱い思いを語り、問題の解決を図ろうとしている。

悪く言えばお節介、良く言えば人間力の高い、これらの行いをするようになったのは、いつからだろうか。以前から細田先生が行っていることをうらやましく思っていたところもあるが、細田先生がやっているからというのは関係なく、得意でないものの、元々そういうことが好きで、小さい頃から自分もそうなりたいと憧れていたことが根底にあると思う。

香川に戻ってきて、はじめは、何だか二番煎じだなぁと遠慮していたことはある。できもしないのに細田先生の真似をしていると見られるのではないかと。しかし、地道に色々と取り組んでいくと、そのアプローチが本質的に必要なことであることに気付き、確信した。憧れとかではなく、ものごとを解決する手段として必要だから、自然とそのような振る舞いを行うようになってきた。

周りにそういうアプローチをしている人がいるかというと、今入っている委員会のメンバーにはそういう人が多いが、それを除くと余り見ない。大学・高専なり、研究者、学の立場の人は、画一的でなく、個性があった方が良い。カチッと研究をして成果をバンバン発表する人も必要だし、色々なアプローチがあって良いと思う。そう考えると、四国内で私みたいに動いている人はいないと思うし(遠慮していえば、私が気づいていないだけかもしれないが)、それがオリジナリティだと思えるようになってきた。

昨日細田先生の前でそういう話をしたら、これは岡村甫先生がいう「数(量)が質を凌駕する」ということではないかと。質の高い研究をすることは必要だが、それできないときには、数(量)を増やす。それは、10個20個という中途半端ではなく、1000個、など沢山。誰も真似できない境地に達すると、数は価値を持ってくる、と岡村甫先生。

人の真似を1回やるのは、二番煎じかと言われるかもしれない。でも、それを愚直に、2度、3度、そして毎日行ったらどうか。いつの間にか、それが自分のものになる。

喩えが適切かわからないが、物まねで頂点に立った「コロッケ」さんのようなものかもしれない。

現場の数を足で稼ぐ「コンクリート刑事(デカ)」の異名を持つ田中先生とはまた別のアプローチで、私も足で稼いでいきたい。


別ブログでも書いたが、コンクリート・構造力学・橋梁工学教育ツール100個作成も、10年続ければ1000になるじゃないか。こちら「も」進める。

2017年6月14日水曜日

名刺

前回発注した名刺が切れる前に、名刺に書ける資格を1つ増やす、というのは背水の陣なのか知らないが、このままでは資格を取るまでに足りなくなる。

前回技術士を取ってから、名刺をリニューアルし、とりあえず1000枚注文したが、1年経過時に残りの箱数を見ると500枚ぐらい使っていた。

技術士(総合技術監理部門)は受験申し込みしていないので、明らかに足りない。

数えたら戴いた名刺が昨日で112枚(4/1以降)。渡したのは上記+アルファとなると思う。経過日数は74日なので、結構良いペースで進んでいる。たまたま出張が重なっただけとは思うが。


2017年6月12日月曜日

長崎出張と城山小学校

約30年前に、小学校5年~中学校1年の3年間だけ住んでいた長崎。先月の出張で長崎大学を訪れ、長崎県内で取り組んでいるフライアッシュの利用の活動についてヒアリングをし、今回がそのフォローアップの位置づけである。目的は追加のヒアリング、情報収集であるが、機会に恵まれて、ここで講演をすることとなった。

6月9日(金)の午後は長崎県生コンクリート工業組合の講習会で、九州大学小山先生が暑中コンクリートの建築指針改定のための取組みを講演され、長崎大学原田先生が長崎でのフライアッシュ(石炭火力発電所の副産物)の取組みおよび長崎県の生コン監査制度についてお話しをされた。私は最後に短時間だけ、品質確保の話と四国でのフライアッシュの話を行った。

全国の生コン監査は長崎が先駆けて、長崎モデルが全国に波及したというのは前回原田先生からお聞きするまで知らなかった。正確には、以前に聞いたことがあった気もするが、特に興味を抱いていなかった。しかし、香川県内では監査の副議長をしていることからも、改め今聞くと、非常に興味深く、香川で参考にできることも多かった。


長崎県の地図を書け、といわれて正確に書ける人は少ないだろう。改めて見ると、長崎県本土と、島と、どちらの面積が大きいか、ということである。懇親会の席では、島出身の方が本土の人に抱いているイメージ、など、面白おかしく話をしてくれたが、そういえば30年前に、小学校の時に、学校同士の交流事業なのか、島の小学生を長崎市内の我が家にホームステイしてもらう機会があったを懐かしく思い出した。

長崎に限らず、日本中どこでもそうだろうが、どんどんビルは建ち、道路も港も整備されている。当時の面影は少なくなってきているが、町を歩きながら、懐かしい思い出で一杯であった。

翌朝は、高松に戻るだけ。ただし、ゆっくり観光している時間はないため、ひとつだけずっと行きたかった場所を訪れた。

城山小学校である。

 城山小学校の説明ページ

爆心地に近い高台にある学校。1945年8月9日の当日は授業はなかったが、多くの方が校舎や校庭で亡くなった。学校のホームページによると、自校のことを「被爆校」と呼んでいる。被爆者ならぬ被爆校。重い。よく知らない私には、気易くそれを口にすることはできない。当時として鉄筋コンクリートの校舎というのは珍しかっただろうし、その後も学校としてずっと使われ続けてきたというのは、生きた戦争の証言舎(証言者)であるだろう。

長崎に住んだ3年間で私の心に刻まれているのが、原爆教育である。このことは、私の宝だと思っている。現在でも続いている城山小学校を舞台として、残された被災校舎等が祈念館(漢字が、記念館でないことに注意)として整備されたのが平成に入ってからということで、30年前の当時は意識をしたり訪れたりしたことはなかったし、その後何度か長崎に訪れても、一人でなかったので、なかなか機会が無かった。正直なところ、原爆資料館、平和公園、に比べると、知名度は低い。今もそうではないか。

数年前にNHKスペシャルで放映されたのが衝撃的であった。

 NHK番組サイト
 NHK平和アーカイブス
 まとめサイト

さらに、数日前、フェイスブックで、長崎大学のデミーさんこと、出水 亨(でみず あきら)氏が軍艦島でおなじみの3D計測を城山小学校でも行っていることを知り、思い出した。

路面電車の松山駅から西へ。急な階段を上ったところが城山小学校であった。至る所に小学生が作った原爆に関する案内・解説があり、胸が熱くなった。土曜日朝の7時台ということで、観光客は私以外誰もいなかったが、校舎の通用門は開いており、入らせて戴いた。(途中、先生らしき人が登校し、声をかけさせて許可をいただいた)

※後でホームページを確認したら、「個人の見学は申し込みなしでもできる」とのことですが、団体の場合には郵送にて見学許可を得る必要がある、とありますのでご注意下さい。



向かう途中の橋(簗橋)から見た小学校の様子。銘板の当時写真と同じ佇まい。

学校に至る2本の坂は、桜の木が生い茂るトンネルのようになっており、入口ではカラスが出迎えてくれた。子育て中で、多分近くに巣があるためだろう、明らかに私に近づいてきて、上空をかすめる。身の危険を感じるほど、攻撃され続けた。感傷的になっているのだが、カラスが番人のように思えた。おまえ本気か?と。

ウェブページを調べてみると、当時から、色々な関係者のお陰で、校舎の一部は保存され、幸い学校自体も廃校にならず、現在も続いているという。

鉄筋コンクリート製の被災校舎だけでなく、いくつかの記念碑、周囲の斜面を利用した防空壕の跡、被災した樹木など、今普通に教育が行われている学校全体が「城山小学校平和祈念館」になっている。被災校舎は、中が資料館になって見学ができるようであるが、今の時間は、建物は施錠がされてガラス越しにしか見えない(開館時間・曜日は表示も見当たらず、事前によく調べていなかったのでわからず)。




鉄筋コンクリートの建物を見渡すと、補修の跡や、電気的モニタリングの電極も見えて、ここでもコンクリート技術者・研究者が関わっているのだとわかる。
被災校舎



現在の校舎の建物の一部が、当時の建物と同じデザインを踏襲していた。


祈念館(資料館)が開館している時間帯に改めて再訪してみたい。

参考まで、丘の上にあるので、キャリーバックは置いて行くのがよい。小学校から爆心地方面を見たところ。これだけの高低差がある。


2017年6月11日日曜日

高専という職業

ある目的でこのブログを読んでいる人に届けたい文章。

高専で働くということ。

教育者であり、研究者である。

どちらも職務であり、大事である。後はどういう比重・バランスで行うかは、それぞれの学校のポリシーもあるし、それぞれの教員のポリシーでもある。他にもあるが。

私は、国立大学の助手(助教制度になる直前)と、高専の准教授の両方を経験してきた。私自身について、高専を知らない大学教員、大学生・大学院生の立場としては、高専とは大学の格下だと思っていた。これは過去の話で、当時そう思っていたのだから仕方がない。それは、高専生や高専教員と直接触れあう機会が全くなかったから。大学において学部3年の実験補助をしていたが、高専編入学生は、既に同様の単位を取得していたので授業を受けていなかったためである。同期には、高専編入者はいなかった。その当時はまだ制度化されていなかったのだろうか。

助手の途中で、尊敬する素晴らしい高専教員に複数出会い、高専の道を選んだ。


高専については、各高専でだいぶやり方が違うので、高専が全て同じかと言われるとなんとも言えない。違うと思う。単位制を導入している大学寄りの高専もいくつかある。

以下は、香川高専高松キャンパスに関してであるが、参考になろう。

1)授業が多いという懸念について
 国立大学に比べると授業は多い。定期試験も4回きちんとするので、ガチガチにコントロールされている気はする。数の上で言うと、私立大学も授業数は多いと聞く。直接比較したことはないが、私立大学で以前聞いたことのある授業数と比較すると、特段厳しいとは思っていない。

 うちの学校は、いわゆる大学のような単位制ではなく、学年制(もちろん単位で算定する)なので、同じ授業を、クラスの全員が受ける(落とした単位だけ取れば良いのではない)。

 何が言いたいのかというと、その学年の授業間であれば、教員同士で、授業変更(トレード)が比較的簡単にできるのである。出張したいときには、お互いに授業時間を交換してやりくりをして、行きたい人はバンバン出張に行っている。
 私はこれまでの4年ちょっとの期間を平均取ると、ざっと年間30日ぐらいは出張していると思う(1泊を2日と数え、日帰りも1日と数えて)。

 委員会等で、大学教員と予定を調整しようとすると、大学の先生は○○曜日は講義のため絶対に×、などという制約がある。私も、学生実験のように動かしづらいことは若干はあるが、基本は授業変更で対応できる。実験日についても、複数教員と技術職員と一緒にやっているので、よっぽどのことでないと私が抜けても成り立つ。

 これが肝心であろうが、予算さえ確保できれば、出張は可能であると思う。

2)予算が少ない
 国立大学の同年代の先生と話をしたが、均等配分の学校の予算は、どこも減らされており、高専だから少ないというのは感じなかった。
 均等配分される予算だけでは、東京出張はすぐに飛ぶ。後は外部資金を稼いだり、学校内の校長裁量経費に応募したり、である。
 これは、国立大学であれば似た状況ではないであろうか。

3)学生が忙しいことと研究者としての扱いが異なる
 これは、大学と比べるとデメリットであると思っている。本科5年で研究室に入るが、5年生は前期も後期もだいぶ授業を持っている。よって、フィールドワーク系の卒研を実施したくても、泊りで計測に、ということがなかなか難しい。専攻科生であれば、若干しやすくなるが、専攻科1年生は忙しい。

 それは、大学院生でも似たような状況であろうか。大学院1年は講義が多くて、2年は基本的に単位は1年で取っているので研究に専念できる。
 大学4年生の卒論と、高専本科5年生の卒論では、学生の自由度が異なるのは、研究を進めるという点に限っては、ハンディに感じる。

4)授業以外の校務が多いという懸念
 大学の話を聞いていると、やる内容は異なっても、会議や雑務が多いように感じる。○○ビジョン会議、とか・・・。数の上で、明らかに大きく違うとは思わない。
 クラス担任、教務主事補、寮務主事補、学生主事補、という役割が有り、それに当たると当たらないに比べて、色々な業務があり、重いのは確かである。突発的なことについては何より優先するので、出張がキャンセルされることも無くはないが、通常は、普段の事前マネジメントで対処可能と思う。

5)部活動の指導がある
 その通りである。土日が費やされるが、分担して実施しており、それなりにマネジメントしていると思っている。
 ただしここは、ブログの読者でもある妻は反論があろう。

6)地方で働くこと
 前職で横浜にいて、なかなか神奈川県の大学にいるという認識は少なかった。助手という立場が、そういう公的な役職を経験していなかっただけかもしれないので、なんとも言えない。県あたりの教員数は、首都圏は圧倒的に大きい。
 それに比べて地方に行くと、県内のその分野の教員数は少ない。これは巡り合わせもあると思うが、私は香川県において、コンクリート分野において、生コン関係、構造物の老朽化関係のどちらの審議会のようなものに入っており、人脈であったり、色々な最新の知見を得ることができている。首都圏にいたら、この分野は○○大学、これは○○大学、という風になっているようで、なかなか全部を把握するのは難しいのではないか。
 ということで、土木工学という分野であれば、地方というのはメリットでもあろうかと思う。
 香川県コンクリート診断士会の立ち上げ・運営に関わることもできたのも、貴重な経験である。

7)センター試験監督はない
 センター試験はないので、監督もない。やったことのある先生なら、その重みはわかるでしょう。センター試験監督で精神をすり減らすことはない。経験者として。高専の先生に限れば、1月中旬の体調はすこぶる良い(笑)。


以上、非常に主観的であるが、主として高専と大学の違いについて述べてみた。

 以下、香川高専の位置づけについて。
1)県庁所在地に位置する高専である。
 県庁所在の市にある、高専は少ない。交通の便はわるくない。空港、JRターミナル駅までは至近とはいわないが、車を使うが、高松空港まで30分、高松駅まで15分である。

 そして、東京出張に限定すると、岡山駅乗換えで、マリンライナー高松行きのJR新幹線の終電は、東京駅で 20:30である。これは、他の地方大学と比較しても、遅くまで東京で活動できることを表す。例えば広島大学と比較してみていただきたい。日帰りであっても、飲み会の途中まで参加できるのは、強みである。

 地方は、みんな飛行機かというと、そうでもない。香川、特に高松は、JRと飛行機が、それぞれメリットデメリットに応じて選べるのである。私の出張は、JRと飛行機は半々である。同じ四国内でも、愛媛、高知、徳島は、残念ながら、飛行機しか選択肢はない。
 さらに、高松は、JRの寝台列車に乗ると、東京駅の終電は22時である。これは、サンライズ瀬戸といって、車内も個室で木目調でミサワホームが監修しただけあって綺麗。新幹線代+ホテル代と同程度である。時間を節約できる。懇親会も1次会は完全に最後まで行ける。

 ということで、香川高専建設環境工学科は、色々な面で研究者・教育者としての環境は良いと思っている。

2017年6月1日木曜日

借金返済

昨年度授業を実施して、教科ポートフォリオという名称で、試験答案のデジタル化、授業概要のとりまとめ、等、きちんとデジタルで記録しておかなければならない。学校が外部認証、外部評価、自己点検をするための授業に関しての基礎資料になるためである。これがまた結構大変で、前年度分の科目に対しての作業最終期限の5/31まで貯まっていた。昨日何とか期限までに終えることができた。

自分が主体の授業はもちろんのこと、前期後期別など複数担当者で行っている授業もとりまとめ役であれば必要だし、非常勤講師にお願いしていた科目は私が窓口担当教員となっている場合は最終まとめ役として必要だし、担任をしていたのでそのクラスで行われている共通的科目(インターンシップ、創成工学というPBL系の演習科目)も、教科ポートフォリオは、私のとりまとめ担当であった。

1年間で、合計12科目分、何とか終えることができた。(※大学の単位(学修単位)とは異なり、履修単位なので、半期ではなく、通年科目での科目数です!)ポートフォリオ作成に費やした時間は数え切れない・・・。3月から断続的に行っていたし、前期終了科目は昨年秋のうちに終えていたので何とかギリギリだった(年度途中にフォーマット変更もあったので、若干の手直しは必要であったが)。まあ、これは、教員欠員の対応のための非常事態だったということで、今年は解消している。

本件は、やるべきこととは分っていて、昨年度最終成績を出した3月以降ずっと頭に残っていた懸案事項なので、終わったことにほっとしている。さしずめ、借金を完済したような・・・・。

今年度は、フルスロットルで研究、社会貢献、教育改善を行っている。たまに締め切りがバッティングしてキツいときもあるが、色々な種まき、プチ刈り取りができるようになっていて日々充実している。

これが開けても、また別の締め切りに追われるものの、早め早めに取組みながら、本来なすべきものに取組み成果を出していきたい。
九州2回目の出張の前日に高知出張を入れ、重要な情報交換を行う。

6月の出張は以下の通り

6/8-9 高知(高知→福岡空港)、長崎
6/12 土木学会コンクリート養生委員会
6/20 非破壊検査協会委員会

昨日、ある共同研究的なプロジェクトの初回打合せがあり、一応ゴーサインが出たので、担当学生をつけて邁進したい。

早速、その分野の実務者に電話して、必要な研究装置について教えていただいた。その分野には将来関わることはないだろうなと思っていたけれども、意外なところで繋がってくる。



11/22(水)午後 コンクリートの品質確保 甲子園決勝 in 高松

しばらく、トップ記事に固定します。 気分は日本シリーズ、甲子園決勝、の気概で計画しています。 以下および添付資料の通り、コンクリートの品質確保に関する報告会及びシンポジウムを開催することとなりました。材料-施工の取組みで華々しさはありませんが、i-Construct...