2017年6月21日水曜日

数が質を凌駕するとき ~二番煎じでもいいじゃないか~

昨日は東京で、とある委員会。その後、元上司でもある細田先生、後輩でもある小松先生、他技術者の方合計4人の懇親会二次会での話。

細かい、きちっとしている、メカに詳しい?、というマニアックな面を持っているのは私の取り柄であることに余り気づかず、裏を返せば人間力に劣るのではないかと自分を卑下してした20代の時期があったが、横浜国大時に上司として赴任した細田先生にそれを褒めていただき、極めれば長所になると教えられ、自信に変わった。

さて、香川に戻り5年目になるが、そういう細かい側面だけでなく、最近は特に、香川県内、四国内、さらには九州にもしゃしゃり出て、何か色々と頑張ろうとしている。特に、自分から言うのも何だが、相手の懐に飛び込んで、熱い思いを語り、問題の解決を図ろうとしている。

悪く言えばお節介、良く言えば人間力の高い、これらの行いをするようになったのは、いつからだろうか。以前から細田先生が行っていることをうらやましく思っていたところもあるが、細田先生がやっているからというのは関係なく、得意でないものの、元々そういうことが好きで、小さい頃から自分もそうなりたいと憧れていたことが根底にあると思う。

香川に戻ってきて、はじめは、何だか二番煎じだなぁと遠慮していたことはある。できもしないのに細田先生の真似をしていると見られるのではないかと。しかし、地道に色々と取り組んでいくと、そのアプローチが本質的に必要なことであることに気付き、確信した。憧れとかではなく、ものごとを解決する手段として必要だから、自然とそのような振る舞いを行うようになってきた。

周りにそういうアプローチをしている人がいるかというと、今入っている委員会のメンバーにはそういう人が多いが、それを除くと余り見ない。大学・高専なり、研究者、学の立場の人は、画一的でなく、個性があった方が良い。カチッと研究をして成果をバンバン発表する人も必要だし、色々なアプローチがあって良いと思う。そう考えると、四国内で私みたいに動いている人はいないと思うし(遠慮していえば、私が気づいていないだけかもしれないが)、それがオリジナリティだと思えるようになってきた。

昨日細田先生の前でそういう話をしたら、これは岡村甫先生がいう「数(量)が質を凌駕する」ということではないかと。1回やるのは、二番煎じかと言われるかもしれない。でも、それを愚直に、2度、3度、そして毎日行ったらどうか。

質の高い研究をすることは必要だが、それできないときには、数(量)を増やす。それは、10個20個という中途半端ではなく、1000個、など沢山。誰も真似できない境地に達すると、数は価値を持ってくる、と岡村甫先生。

喩えが適切かわからないが、物まねで頂点に立った「コロッケ」さんのようなものかもしれない。

現場の数を足で稼ぐ「コンクリート刑事(デカ)」の異名を持つ田中先生とはまた別のアプローチで、私も足で稼いでいきたい。


別ブログでも書いたが、コンクリート・構造力学・橋梁工学教育ツール100個作成も、10年続ければ1000になるじゃないか。こちら「も」進める。

2017年6月14日水曜日

名刺

前回発注した名刺が切れる前に、名刺に書ける資格を1つ増やす、というのは背水の陣なのか知らないが、このままでは資格を取るまでに足りなくなる。

前回技術士を取ってから、名刺をリニューアルし、とりあえず1000枚注文したが、1年経過時に残りの箱数を見ると500枚ぐらい使っていた。

技術士(総合技術監理部門)は受験申し込みしていないので、明らかに足りない。

数えたら戴いた名刺が昨日で112枚(4/1以降)。渡したのは上記+アルファとなると思う。経過日数は74日なので、結構良いペースで進んでいる。たまたま出張が重なっただけとは思うが。


2017年6月12日月曜日

長崎出張と城山小学校

約30年前に、小学校5年~中学校1年の3年間だけ住んでいた長崎。先月の出張で長崎大学を訪れ、長崎県内で取り組んでいるフライアッシュの利用の活動についてヒアリングをし、今回がそのフォローアップの位置づけである。目的は追加のヒアリング、情報収集であるが、機会に恵まれて、ここで講演をすることとなった。

6月9日(金)の午後は長崎県生コンクリート工業組合の講習会で、九州大学小山先生が暑中コンクリートの建築指針改定のための取組みを講演され、長崎大学原田先生が長崎でのフライアッシュ(石炭火力発電所の副産物)の取組みおよび長崎県の生コン監査制度についてお話しをされた。私は最後に短時間だけ、品質確保の話と四国でのフライアッシュの話を行った。

全国の生コン監査は長崎が先駆けて、長崎モデルが全国に波及したというのは前回原田先生からお聞きするまで知らなかった。正確には、以前に聞いたことがあった気もするが、特に興味を抱いていなかった。しかし、香川県内では監査の副議長をしていることからも、改め今聞くと、非常に興味深く、香川で参考にできることも多かった。


長崎県の地図を書け、といわれて正確に書ける人は少ないだろう。改めて見ると、長崎県本土と、島と、どちらの面積が大きいか、ということである。懇親会の席では、島出身の方が本土の人に抱いているイメージ、など、面白おかしく話をしてくれたが、そういえば30年前に、小学校の時に、学校同士の交流事業なのか、島の小学生を長崎市内の我が家にホームステイしてもらう機会があったを懐かしく思い出した。

長崎に限らず、日本中どこでもそうだろうが、どんどんビルは建ち、道路も港も整備されている。当時の面影は少なくなってきているが、町を歩きながら、懐かしい思い出で一杯であった。

翌朝は、高松に戻るだけ。ただし、ゆっくり観光している時間はないため、ひとつだけずっと行きたかった場所を訪れた。

城山小学校である。

 城山小学校の説明ページ

爆心地に近い高台にある学校。1945年8月9日の当日は授業はなかったが、多くの方が校舎や校庭でなくなった。学校のホームページによると、「被爆校」と呼んでいる。被爆者ならぬ被爆校。当時として鉄筋コンクリートの校舎というのは珍しかっただろうし、その後も学校としてずっと使われ続けてきたというのは、生きた戦争の証言舎(証言者)であるだろう。

長崎に住んだ3年間で私の心に刻まれているのが、原爆教育である。このことは、私の宝だと思っている。現在でも続いている城山小学校を舞台として、残された被災校舎等が記念館として整備されたのが平成に入ってからということで、30年前の当時は意識をしたり訪れたりしたことはなかったし、その後何度か長崎に訪れても、一人でなかったので、なかなか機会が無かった。正直なところ、原爆資料館、平和公園、に比べると、知名度は低い。今もそうではないか。

数年前にNHKスペシャルで放映されたのが衝撃的であった。

 NHK番組サイト
 NHK平和アーカイブス
 まとめサイト

さらに、数日前、フェイスブックで、長崎大学のデミーさんこと、出水 亨(でみず あきら)氏が軍艦島でおなじみの3D計測を城山小学校でも行っていることを知り、思い出した。

路面電車の松山駅から西へ。急な階段を上ったところが城山小学校であった。至る所に小学生が作った案内・解説があり、胸が熱くなった。土曜日朝の7時台ということで、観光客は私以外誰もいなかったが、校舎の通用門は開いており、入らせて戴いた。(途中、先生らしき人が登校し、声をかけさせて許可をいただいた)

※後でホームページを確認したら、「個人の見学は申し込みなしでもできる」とのことですが、団体の場合には郵送にて見学許可を得る必要がある、とありますのでご注意下さい。



向かう途中の橋(簗橋)から見た小学校の様子。銘板の当時写真と同じ佇まい。

学校に至る2本の坂は、桜の木が生い茂るトンネルのようになっており、入口ではカラスが出迎えてくれた。子育て中で、多分近くに巣があるためだろう、明らかに私に近づいてきて、上空をかすめる。感傷的になっているのだが、カラスが番人のように思えた。

ウェブページを調べてみると、当時から、色々な関係者のお陰で、校舎の一部は保存され、幸い学校自体も廃校にならず、現在も続いているという。

鉄筋コンクリート製の被災校舎だけでなく、いくつかの記念碑、周囲の斜面を利用した防空壕の跡、被災した樹木など、今普通に教育が行われている学校全体が「城山小学校平和祈念館」になっているようである。被災校舎は、中が資料館になって見学ができるようであるが、今の時間は、建物は施錠がされてガラス越しにしか見えない(開館時間・曜日は表示も見当たらず、事前によく調べていなかったのでわからず)。




鉄筋コンクリートの建物を見渡すと、補修の跡や、電気的モニタリングの電極も見えて、ここでもコンクリート技術者・研究者が関わっているのだとわかる。
被災校舎



現在の校舎の建物の一部が、当時の建物と同じデザインを踏襲していた。


祈念館(資料館)が開館している時間帯に改めて再訪してみたい。

参考まで、丘の上にあるので、キャリーバックは置いて行くのがよい。小学校から爆心地方面を見たところ。これだけの高低差がある。


2017年6月11日日曜日

高専という職業

ある目的でこのブログを読んでいる人に届けたい文章。

高専で働くということ。

教育者であり、研究者である。

どちらも職務であり、大事である。後はどういう比重・バランスで行うかは、それぞれの学校のポリシーもあるし、それぞれの教員のポリシーでもある。他にもあるが。

私は、国立大学の助手(助教制度になる直前)と、高専の准教授の両方を経験してきた。私自身について、高専を知らない大学教員、大学生・大学院生の立場としては、高専とは大学の格下だと思っていた。これは過去の話で、当時そう思っていたのだから仕方がない。それは、高専生や高専教員と直接触れあう機会が全くなかったから。大学において学部3年の実験補助をしていたが、高専編入学生は、既に同様の単位を取得していたので授業を受けていなかったためである。同期には、高専編入者はいなかった。その当時はまだ制度化されていなかったのだろうか。

助手の途中で、尊敬する素晴らしい高専教員に複数出会い、高専の道を選んだ。


高専については、各高専でだいぶやり方が違うので、高専が全て同じかと言われるとなんとも言えない。違うと思う。単位制を導入している大学寄りの高専もいくつかある。

以下は、香川高専高松キャンパスに関してであるが、参考になろう。

1)授業が多いという懸念について
 国立大学に比べると授業は多い。定期試験も4回きちんとするので、ガチガチにコントロールされている気はする。数の上で言うと、私立大学も授業数は多いと聞く。直接比較したことはないが、私立大学で以前聞いたことのある授業数と比較すると、特段厳しいとは思っていない。

 うちの学校は、いわゆる大学のような単位制ではなく、学年制(もちろん単位で算定する)なので、同じ授業を、クラスの全員が受ける(落とした単位だけ取れば良いのではない)。

 何が言いたいのかというと、その学年の授業間であれば、教員同士で、授業変更(トレード)が比較的簡単にできるのである。出張したいときには、お互いに授業時間を交換してやりくりをして、行きたい人はバンバン出張に行っている。
 私はこれまでの4年ちょっとの期間を平均取ると、ざっと年間30日ぐらいは出張していると思う(1泊を2日と数え、日帰りも1日と数えて)。

 委員会等で、大学教員と予定を調整しようとすると、大学の先生は○○曜日は講義のため絶対に×、などという制約がある。私も、学生実験のように動かしづらいことは若干はあるが、基本は授業変更で対応できる。実験日についても、複数教員と技術職員と一緒にやっているので、よっぽどのことでないと私が抜けても成り立つ。

 これが肝心であろうが、予算さえ確保できれば、出張は可能であると思う。

2)予算が少ない
 国立大学の同年代の先生と話をしたが、均等配分の学校の予算は、どこも減らされており、高専だから少ないというのは感じなかった。
 均等配分される予算だけでは、東京出張はすぐに飛ぶ。後は外部資金を稼いだり、学校内の校長裁量経費に応募したり、である。
 これは、国立大学であれば似た状況ではないであろうか。

3)学生が忙しいことと研究者としての扱いが異なる
 これは、大学と比べるとデメリットであると思っている。本科5年で研究室に入るが、5年生は前期も後期もだいぶ授業を持っている。よって、フィールドワーク系の卒研を実施したくても、泊りで計測に、ということがなかなか難しい。専攻科生であれば、若干しやすくなるが、専攻科1年生は忙しい。

 それは、大学院生でも似たような状況であろうか。大学院1年は講義が多くて、2年は基本的に単位は1年で取っているので研究に専念できる。
 大学4年生の卒論と、高専本科5年生の卒論では、学生の自由度が異なるのは、研究を進めるという点に限っては、ハンディに感じる。

4)授業以外の校務が多いという懸念
 大学の話を聞いていると、やる内容は異なっても、会議や雑務が多いように感じる。○○ビジョン会議、とか・・・。数の上で、明らかに大きく違うとは思わない。
 クラス担任、教務主事補、寮務主事補、学生主事補、という役割が有り、それに当たると当たらないに比べて、色々な業務があり、重いのは確かである。突発的なことについては何より優先するので、出張がキャンセルされることも無くはないが、通常は、普段の事前マネジメントで対処可能と思う。

5)部活動の指導がある
 その通りである。土日が費やされるが、分担して実施しており、それなりにマネジメントしていると思っている。
 ただしここは、ブログの読者でもある妻は反論があろう。

6)地方で働くこと
 前職で横浜にいて、なかなか神奈川県の大学にいるという認識は少なかった。助手という立場が、そういう公的な役職を経験していなかっただけかもしれないので、なんとも言えない。県あたりの教員数は、首都圏は圧倒的に大きい。
 それに比べて地方に行くと、県内のその分野の教員数は少ない。これは巡り合わせもあると思うが、私は香川県において、コンクリート分野において、生コン関係、構造物の老朽化関係のどちらの審議会のようなものに入っており、人脈であったり、色々な最新の知見を得ることができている。首都圏にいたら、この分野は○○大学、これは○○大学、という風になっているようで、なかなか全部を把握するのは難しいのではないか。
 ということで、土木工学という分野であれば、地方というのはメリットでもあろうかと思う。
 香川県コンクリート診断士会の立ち上げ・運営に関わることもできたのも、貴重な経験である。

7)センター試験監督はない
 センター試験はないので、監督もない。やったことのある先生なら、その重みはわかるでしょう。センター試験監督で精神をすり減らすことはない。経験者として。高専の先生に限れば、1月中旬の体調はすこぶる良い(笑)。


以上、非常に主観的であるが、主として高専と大学の違いについて述べてみた。

 以下、香川高専の位置づけについて。
1)県庁所在地に位置する高専である。
 県庁所在の市にある、高専は少ない。交通の便はわるくない。空港、JRターミナル駅までは至近とはいわないが、車を使うが、高松空港まで30分、高松駅まで15分である。

 そして、東京出張に限定すると、岡山駅乗換えで、マリンライナー高松行きのJR新幹線の終電は、東京駅で 20:30である。これは、他の地方大学と比較しても、遅くまで東京で活動できることを表す。例えば広島大学と比較してみていただきたい。日帰りであっても、飲み会の途中まで参加できるのは、強みである。

 地方は、みんな飛行機かというと、そうでもない。香川、特に高松は、JRと飛行機が、それぞれメリットデメリットに応じて選べるのである。私の出張は、JRと飛行機は半々である。同じ四国内でも、愛媛、高知、徳島は、残念ながら、飛行機しか選択肢はない。
 さらに、高松は、JRの寝台列車に乗ると、東京駅の終電は22時である。これは、サンライズ瀬戸といって、車内も個室で木目調でミサワホームが監修しただけあって綺麗。新幹線代+ホテル代と同程度である。時間を節約できる。懇親会も1次会は完全に最後まで行ける。

 ということで、香川高専建設環境工学科は、色々な面で研究者・教育者としての環境は良いと思っている。

2017年6月1日木曜日

借金返済

昨年度授業を実施して、教科ポートフォリオという名称で、試験答案のデジタル化、授業概要のとりまとめ、等、きちんとデジタルで記録しておかなければならない。学校が外部認証、外部評価、自己点検をするための授業に関しての基礎資料になるためである。これがまた結構大変で、前年度分の科目に対しての作業最終期限の5/31まで貯まっていた。昨日何とか期限までに終えることができた。

自分が主体の授業はもちろんのこと、前期後期別など複数担当者で行っている授業もとりまとめ役であれば必要だし、非常勤講師にお願いしていた科目は私が窓口担当教員となっている場合は最終まとめ役として必要だし、担任をしていたのでそのクラスで行われている共通的科目(インターンシップ、創成工学というPBL系の演習科目)も、教科ポートフォリオは、私のとりまとめ担当であった。

1年間で、合計12科目分、何とか終えることができた。(※大学の単位(学修単位)とは異なり、履修単位なので、半期ではなく、通年科目での科目数です!)ポートフォリオ作成に費やした時間は数え切れない・・・。3月から断続的に行っていたし、前期終了科目は昨年秋のうちに終えていたので何とかギリギリだった(年度途中にフォーマット変更もあったので、若干の手直しは必要であったが)。まあ、これは、教員欠員の対応のための非常事態だったということで、今年は解消している。

本件は、やるべきこととは分っていて、昨年度最終成績を出した3月以降ずっと頭に残っていた懸案事項なので、終わったことにほっとしている。さしずめ、借金を完済したような・・・・。

今年度は、フルスロットルで研究、社会貢献、教育改善を行っている。たまに締め切りがバッティングしてキツいときもあるが、色々な種まき、プチ刈り取りができるようになっていて日々充実している。

これが開けても、また別の締め切りに追われるものの、早め早めに取組みながら、本来なすべきものに取組み成果を出していきたい。
九州2回目の出張の前日に高知出張を入れ、重要な情報交換を行う。

6月の出張は以下の通り

6/8-9 高知(高知→福岡空港)、長崎
6/12 土木学会コンクリート養生委員会
6/20 非破壊検査協会委員会

昨日、ある共同研究的なプロジェクトの初回打合せがあり、一応ゴーサインが出たので、担当学生をつけて邁進したい。

早速、その分野の実務者に電話して、必要な研究装置について教えていただいた。その分野には将来関わることはないだろうなと思っていたけれども、意外なところで繋がってくる。



2017年5月28日日曜日

先週の総括

先週は色々と会議を実施。

数年後に振り返ると、あれが契機になった、という会議だったかもしれない。

5/23(火)午前は、国交省四国地方整備局にて、第3回「産官学コンクリートの品質確保会議(仮称)」が無事終了。徐々に、四国らしさ、というのが見えてきた。

午後は、県内某市役所と橋梁維持管理の「身の丈に合った維持管理」についての初回打合せ。官学でどこまで連携できるか分からないが、キックオフとして技術者同士の良い情報交換ができたように思う。

翌日午前は、四国地方整備局で四国のフライアッシュについての打合せ。先週の九州出張の集大成となったと思う。次に繋がる、と期待している。

フライアッシュに関して、某所からの講演依頼と、6/9に長崎でも短時間であるが講演をすることになった。これもこれまでの取組みの成果の賜。フライアッシュの研究や実践活動は、元々自分で始めたわけでないが、色々と関わるうちに繋がってきた。巡り合わせて戴いた委員会、人々に感謝。特に、長崎は、小学校5年~中学校1年までの多感な時期を過ごした、私の第三の故郷。感慨もひとしお。

長崎で講演

前回の九州出張で長崎でのフライアッシュの取組みとの縁ができ、6/9に長崎にて10~20分程度の講演を行うこととなりました。四国の状況をお話しすることになります。コンクリートの関係者に対する内容で、聴講者は100名とのこと。講習会のスケジュールが既に確定している中で、段取り戴いた関係者の皆様へ感謝。
私の故郷(転勤で高松に来る直前の中学校1年までの3年間住んでおり、第三の故郷)で講演ができることに感慨ひとしお。

(自身フェイスブックより転載)

負け犬の遠吠え

 誕生日を跨いで今月から運転免許更新期間が始まった。

 4年半前の違反がずっと尾を引き、3年前の免許更新時も違反者講習(120分)で、今回の免許更新もまた違反者講習(120分)。喪が明けるのはいつのことか。その後懲りて、4年半無事故無違反である。ゴールド免許は次回のお預けで全くいいのだけれども、前回更新以前の違反で今回も違反者講習というのは、厳しい。過去に違反した人は何言っても、言い訳・文句にしか受けとってもらえないのでしょうが。

 まあ、前回の講習は本来は4時間相当だったのが、特別配慮で2時間×2回に分けてもらった、と思えば気は楽になるか。

(フェイスブックより転載)

2017年5月24日水曜日

情報の非対称性

先週の九州の出張では、特に熊本、長崎、九州地整のフライアッシュの取組み等、直接ヒアリングすることができて有意義であった。報告書など公開されているが、それに書かれていない事柄は沢山あり、百聞は一見にしかずであった。

戻ってからは、昨日今日は重要な会議があり、それぞれ重要な節目の会議だったように思う。

昨日午前は国交省四国地整でトンネルの品質確保の会議。昨年12月から始まり、今回で3回目となる。
午後は県内某市との橋梁点検・維持管理のマネジメントの打合せ。
本日は、国交省四国地整とフライアッシュについての意見交換。


市役所の時に話題提供のスライドでも書いたが、研究者と現場、発注者と受注者、などどういった所でコミニュケーション不足が起きるのか、結局は情報の非対称性にあるのだろうと私は思っている。技術的な専門知識を知っている、知らない、ということもあるし、単に情報公開していないだけもあるし、とにかく、情報量の違いは必ず存在する。

お互いが理解できないことと、お互いに情報量の差があることは、同じことがらを別の角度から言っているだけで相関はあるけどどちらが原因であるとは決めつけることはできないかもしれない。

しかし、情報量の差があることを常に明確に意識していないと、解にたどり着けないように思う。話し合いをすることは大事だけど、それは何ですか、という質問のやりとりが続けば、なかなか本質にはたどり着けない。

高レベルの質問、低レベルの質問があるが、低レベルの質問とはたいていの場合、一問一答であり、これは何ですかと知識を問うものである。すなわち、情報の非対称性を解消するための質問である。本来は、それを早期に解消して、本質的な問題解決のための質問をしたい。

某市に働きかけたのは、橋梁点検で何が問題になっているか、修繕の発注で何が問題になっているか、など、そもそも何が課題なのかがわからないので、知りたいということ。お互いが全て出し合って、情報の共有ができれば、最終的には課題も自ずから分ってくるのではないか。

本日のフライアッシュの打合せは、今回九州で得たことだけでなく、昨年秋以降土木学会の委員会で議論してきた中で、相手に上手く伝えられなかったこと(私が当たり前だと思っていて、相手の疑問に気づかなかったこと)から学んで、相当に問題点を整理できたのではないかと思っている。

地方の整備局が中央(霞ヶ関)に対して思っていること、中央が地方整備局に対して思っていること、それぞれボタンの掛け違いがあることも、私の立場で両方に飛び込んで意見交換をして今回得ることができたと思う。

国自治体と会計検査院の関係もそう。直接会計検査院の方と話をしたことはないが、委員会でもそういう話題が出たりして、なんとなく分っているつもりである。会計検査院がストップする事例は実は余り無く、会計検査院に責められるのではないかという疑心から不作為になる事例は多数見てきた(今回の話ではない)。そういうことも、相手を知ってさえいれば、解決する。

日々そんなことばっかりやっているが、それが私のスタイルなのだろうか。

2017年5月23日火曜日

5/16-19 長期九州出張

5/16(火)~19(金)は長期の九州出張でした。

16 熊本 江戸時代の津波の被害、熊本大学打合せ(校舎の被災)
17 八代のフライアッシュ、県南のコンクリート品質確保、阿蘇の震災復興
18 長崎新幹線の品質確保、生コンプラント、長崎大学原田教授のヒアリング
19 九州のフライアッシュのヒアリング

ということで、非常に充実していました。
長崎でのフライアッシュの取組みは、色々な情報を聞いていましたが、当事者から話を聞くのはやっぱり違いました。

素晴らしい取りくみに、ドキドキしながら聞いていました。

早速、6/9の長崎の講習会に参加する約束をしてきました。

何だか中学生の日記になってしまいましたが、改めて整理したいと思います。

2017年5月16日火曜日

【伺い】pdf閲覧ソフト

パソコンに詳しい方へ。
pdfファイルが多数あるのですが、それをいちいちダブルクリックせずに開ける、ファイラーみたいな、閲覧ソフトはどなたかご存じないでしょうか。
高速で、ハイ次、ハイ次、とファイルを切り替えられるのを望んでいます。
サムネイル表示だけでは判断できないpdfファイルが多いため。
有料でも、価値を見いだせれば使いたいと思います。
ファイルを切り替える、ページを順送りする、という別の機能を持たせる必要があります。

Winodwsです。

2017年5月3日水曜日

痒いところに手を届ける

iPhoneのように全く新しい概念を生み出すことは難しいが、発明だったり、新製品の開発だったり、多くは現状のものを改善するところから始まる。

私だけが困っていて私だけに役立つことは余り紹介しても意味がないし、そのような紹介に留まっていたくない。

2年前の話だが、書架について紹介する。

まずは専門書というか仕事で使う書架について。

オフィスにある普通の棚は、今はA4サイズ、A4ファイルサイズが主流になっていると思うが、そんなの当たり前だと思うだろう。しかし、A4の書籍を置くと、奥行きがだいぶ余る。ブログを書いている手元に無いが、10cm位余る。A4と謳われているボックスファイルを入れると、奥行きがちょうど良くなる。

本棚は、大きければ良いというものではなく、大きすぎると本が取り出しにくくなり、ストレスが溜まる。A4(奥行き30cm)という書架が現状では主流だと思う。もうひとつの規格にA4S(奥行き25cm)というサイズがある。これは、A4サイズの本にほぼぴったりで、さらに、A4ボックスファイルを入れると若干はみ出る大きさである。

はみ出ると、地震時の本の落下バーが取付けられなくなるので、メーカーとしては推奨しないだろうが、実際そのバーをつけているのは少数だと思うので、ここではそれを認めておく。

何が良いかというと、元々あった10cmのスペースが、5cm程度節約できることと、とにかく本が見やすくなるということ、空いた棚板にゴミが溜まりにくいことと、つい天板の前側に頂いたお置物などを置いてしまうことを防ぐ。たかが5cmとはいえ、すっきり感は違う。

私は高専に赴任して、研究室の引越しも1回したが、その書架を買い換えたり買い足したりして、全てA4サイズにして、A4Sサイズを撤廃した。実際には、高専に元々あったのは、古くからある幅90cmもしくは180cmの独立式の棚で、多分B4サイズのものだと思う。よって奥行きは40cm程度。この書架から奥行き25cmに縮小したので、研究室のスペースが増えたような感じで、結果として棚の圧迫感もなくなり、満足感がある。


次に、もうひとつ、別のサイズの書架について紹介する。
私は学生に読ませることを意図して、林文庫を作っている。これらは、文庫、新書、単行本の大きさが殆どで、数えたら99%がそのサイズに収まっていた。これをA4やA4Sサイズの書架に入れると、ガラガラになる。整理ができなくなってくると、文庫本の前後2段置きなどが発生してしまう。

とにかく一覧性が大事なので、それは避けたい。

家具屋さん、色々見てみたが、小さい本(というか、流通している本の主流)を置くための書架がないことに気づいた。文庫本専用、DVDのケース専用、コミックサイズ専用のものはあったが、単行本の主流である「菊判」(21×15cm)の本が過不足なく入る書架を見つけることはできなかった。

棚板は買い足せば良い。でも、奥行きが邪魔なのである。

これが、それ以前の姿。


一般に、書架などの耐久材を購入する際に、大きな本が増えるかもしれないという最大公約数を考えると、大型本は切り捨てる、という選択肢にはなりにくい。よって、私のような限定をすることは少ないかもしれない。

レストランのスパゲッティは何故柔らかいのか、という考察を読んだことがあるが、アルデンテ付近で作るとお客さんから生煮えというクレームが入る恐れがあり、いっそのこと柔らかめに作っておけば少なくとも苦情が出ない、と。それに似たような構図ではないか。

そもそも、研究室において、学生からよく見えるスペースに、これらの本を配置したかったが、通路なので既成の奥行きの棚では邪魔になる、というジレンマを解決する目的もあった。無いものは、自分で作るしかない。大工さんに作り付けの棚を作ってもらうことは不可能ではないが、今回の場合現実的ではない。

以下、2015年7月17日の作品。台風のため学校が休校となり、1日時間ができたため、前から研究室の整備として作りたかった棚を作ることとした。

 時間短縮のため、先にホームセンターで一定幅に切断してもらって購入。



中央の仕切りをずらしている理由は
1)本のジャンルによって場所を分けたいが、数が一定でないため、色々な幅を作った。
2)ネジ止めするのに、上下スペースが必要なため、同じ位置に重ねることができない。
3)意匠としてアクセントを持たせるため敢えてずらす。



 完成。






背板をつけて

完成。ホワイトボードの下のデッドスペースであるが、会議机との間のスペースは小さく、邪魔なものは置きたくなかったのを両方解決。


実際日本を入れるとこのように。斜めから見ても、本の背表紙が書架の棚板に隠れない。写真は2年前で、中身は現在とだいぶ変わっている。


 その後、研究室を引っ越したので、この棚はまた別の位置に置いている。

2017年4月29日土曜日

人生初のコンクリート

私はコンクリート歴20年である。

2001年4月に大学助手になったので、研究者になってからは16年であるが、自分でコンクリートを練ってから20年目になる。

今手元にあるのが、私が初めて練ったコンクリートである。大学学部3年生の学生実験の時に練ったコンクリートの破壊断面が綺麗だったので、半分ノリもあって、戴いて持ち帰った。持って帰るヤツなんて、普通いない。その時はまだコンクリート研究室に入るなど、何も考えていなかった。

翌年、コンクリート研究室に配属になったが、その時も研究者になるなんて思わなかったが、結局これは捨てないまま、今に至っている。不思議なものだ。裏を見ると、1997年6月9日。もうすぐ20年である。

書いてある面もセメントペーストキャッピング。これまた懐かしい。

感慨深い。




2017年4月28日金曜日

椅子

先日、注文していた椅子が届いた。
前回の、椅子を注文するまでブログ記事はこちら。

座骨で座るための椅子。お尻が割れていて、前の方が盛り上がっているのは、座骨の角度が正しくなるためのもの。絶対に足を組むことができない。

バランスボールが姿勢を正しくするためには良い、というのも同じ考えで、とにかく正しく座らないと座れないようにできている。



股を開いて足で突っ張って座る。


腰を曲げて座りにくくなっている。

 正しい姿勢として座ったときに肘の高さが同じになる必要があるとこのと(写真は改善後)。

ということで、机の下に角材を挟んで、結局11cm机を浮かせた。机の幅180cmと広かったのが気に入って、パソコンデスクを執務で使っていた。適正高さと比較して10cmも低かったということ。それが、腰を曲げる間接要因になっていたかもしれないし、キーボードを叩く手が痛かったのは、手の角度に無理があった証拠。


普段の生活でも、座骨の角度を意識するようになったので、もう大丈夫だろう。長年の悩みがパッと解決するとは夢のようである。そのための投資としては安いと思う。

卒研スタート

本日の卒業研究。

研究室で今年度初めてのコンクリート打込み。本日は所用で専攻科生が不在のため、4月に研究室に入ってきた本科5年生のみ。学生5名と私とで、とある装置の架台のためのコンクリートを作るため、小さな型枠を作って80リットルのコンクリートを打込む。

初めての作業で色々と時間がかかり、慣れないための手戻りもあり、終わったのは20時。初めてにしてはちょっと無理はしつつも、積極的に取り組んでくれて、無事完了。

何とか4月中にコンクリートを練ることができたのも、スタートアップとしては良かったかと思っている。

皆の都合が合わなくて歓迎会(未成年なので、ピザ食べ放題)が5月中旬であるが、そのまま懇親会になだれ込んでも良いような充実感だった。

お疲れさまでした。集合写真を撮りそびれたのが残念。

2017年4月27日木曜日

模型による授業

私の授業では、鉄筋コンクリート、橋梁など構造を扱うので、黒板のみでは理解しづらいと思い、できるだけ模型を作成して授業で使っている。

今年は、その模型もきちんと時間を掛けて再整理したいと思っている。

まず、2017年の新作、洗濯ばさみを利用した鉄筋コンクリート梁モデル。

  • 洗濯ばさみ同士は圧縮に強い(コンクリートの圧縮特性)
  • 隣り合う洗濯ばさみ同士は引張に抵抗しない(コンクリートの引張特性)
  • 短冊の紙は、引張に強いが、圧縮にはすぐに曲がる(鉄筋の特性)
  • 鉄筋を模擬した短冊の紙(鉄筋)を洗濯ばさみ(コンクリート)で挟むと、鉄筋とコンクリートがくっつく(付着力の再現)
  • さらに、その付着は、完全付着でなく外力がかかるとズルズルとズレることが可能である(付着の劣化の再現。荷重をかけすぎると横倒れするが)
ということで、この組み合わせで、梁の上に物を載せて耐えることができる。ただし、限度を超えると横倒れしてしまうので改善は必要。


次に、2017年にリニューアルしましたが、木材と丁番を使った鉄筋コンクリート梁モデル。

コンクリートには木材、鉄筋にはビニールテープを使用。このビニールテープ鉄筋のアイデアは、藤井俊逸氏のスポンジ梁で鉄筋をビニールテープで模擬した模型を参考にさせて戴いた。感謝申し上げる。
http://kenplatz.nikkeibp.co.jp/atcl/books/14/505364/091600001/


ビニールテープを外すと、南京玉すだれのようになる。調子に乗ると手を強打するので注意。




昨年度末、橋梁に作用する荷重を模型で表すアイデアを思いついたので、その単元に進む前に作りたい。

香川県コンクリート診断士会 年度計画

香川県コンクリート診断士会について、2017年度の計画が遅れておりましたが、先ほど年間スケジュールをアップしました。

https://sites.google.com/site/kagawaconcrete/activities

隔月程度ということで、今年度は7回開催予定です。

こういう日程調整は、早く始めることが大事ですが、つい延びておりました。

スケジュールなくして、活動なし。動き出せばアイデアも湧いてくる。次回は初めてのゲストも登場です。楽しみです。

2017年4月26日水曜日

ルーブリックを利用した構造工学実験の改善

先日もコンクリート実験の改善を報告したところであるが、その1年前から継続して取り組んでいるのが、構造工学実験の改善である。

この手法は、現在リアルタイムで学科内で普及しつつあるととともに、これらの議論をきっかけに、実験系、PBL系科目のブラッシュアップに繋がっている。

ファイルをダウンロード


2017年4月23日日曜日

八田與一

(facebookへの投稿記事の再掲)

台湾の八田與一像が壊されるニュースは、普通にニュースでも報道されましたが、土木技術者以外にはどのような意味を持っているのかまでは詳細には報道されていないのではないかと思います(想像)。ちょうど良い記事が公開されましたので、土木工学を専門とする方以外や、土木工学を学んでいる学生に読んでいただければと思います。

綺麗にレイアウトされたページ(ただし広告付)
スマホからはこちらが便利

あ、明日の授業の副読資料として配付してみよう。

餅屋に学ぶ または 不作為

久々にタイトルに迷った。

昨日土曜日朝、娘、息子の授業参観。

5年生の社会科。
「写真を見て、わかったこと、考えたことを列挙しなさい」
題材は、輪中のくらし。

わかったこと、考えたことを、沢山列挙してみる。そして、その結果「~~だろう」という言葉の末尾になるはず、と。
→なるほどその通り。今、高専の実験演習の改善を学科全体で取り組んでおり、考察をする能力をどうやって育むかに焦点を当てている。グラフを見て、わかることを列挙しなさい、という授業を先週水曜日にやったばかり。まさに一緒のこと。小学校でもきちんと教育されていることに脱帽。

そして列挙するための制限時間は、5分間。ストップウォッチでなく、キッチンタイマーを黒板に貼り付けていた。ストップウォッチを使って授業はしているが、黒板に貼り付けることは目から鱗。
小さいながら、後ろからでも残り時間はきちんとわかる。

良いことを学ばせてもらった。

先生の、5個以上見つかった人は挙げて、に対して、娘が恥ずかしそうに小さく手を挙げたことは父は見逃しませんでした。よくやった。先生の死角だったためかみんなの前では発表されませんでしたが。


午後、ヨット部の活動。香川県ヨット連盟の普及安全委員長を担当しており、その業務の中で、安全講習会(心肺蘇生講習会)を主催した。高松北消防署の方に来ていただき、2時間の講習を、連盟に所属する、高校4校、高専、大学、ジュニアチーム、合計75名の参加者に対して行った。

その中での質疑応答
・ウエットスーツを着用している場合、AEDはどのようにすれば良いですか。
ある高校の生徒からの質問であった。
→ハサミで切るという回答は期待できたが、消防署員によるとその布地に応じた切れるハサミを用意しろとのこと。ヨットハーバーには、AEDはあるが、ハサミは用意されていないと思われるし、各学校も、ハサミは持っていても、緊急時に出るかはわからないし、そもそもウエットスーツが切れる保証はない。特に、潮風を受けるので、どこの学校の備品も、錆びが発生してるのである。

消防署の担当の方は、学校でハサミを用意しておきなさいとは言ったが、ヨット連盟を代表している立場の私は瞬時に、これはそうではなく、連盟として、ヨット競技場の事務局(高松市管理)として整備しなければならないと思った。思うだけでなく、それに対する回答として、全75名の前で、連盟または高松市の方で、備品を整備すると約束した。そういうこともきちんと実行することが、普及安全委員長の姿だと信じて。

不作為というのは、知っているけど、何もしないこと。安全に関しては、不作為は絶対にあってはならないこと。適切にフィードバックをすることや、最期まで見届けることが、技術者としての責務である。技術者は、失敗したら罪ではなく、動かないことが罪なのである。なお、失敗しても、フィードバックが得られれば、プラスである。

・おぼれた場合、水を飲んでいても、そのまま心臓マッサージをして良いか。
→良い。ああだこうだ言わず、マッサージ優先。そう言われればそうだが、これは自身はなかった。

・AEDの場所はどこか
という高校生からの質問もあった。
司会の私が、場所を知らない人に手を挙げてもらうと、9割以上が挙手。新入生だけでなく全学年参加してもらっているのでこれはまずい状況。

幸い講習会は10分早く終わりそうだったので、ヨットハーバーに戻ったら、学校単位でAEDの場所を確認しておくこと、本日欠席した部員には学校の責任で周知すること、を全体にお願いして、会を終了した。



世の中の事件事故の多くは、専門家や、責任ある立場の人の不作為で整理できることが何と多いことか。実際に知らなくて対応しきれなかった、というのは非常に少ない。

ということで、1日のうちに、別々の場に於いて、専門家から、貴重な示唆を頂いたこと、そして、それを実行しなければならないこと、不作為があってはいけないこと、これを肝に銘じつつ、実行もした日だった。

すぐに、私の授業教材について、キッチンタイマーは、ストップウォッチと入替えた。




コンクリート実験の教育

大学や高専では、専門分野、研究分野と、実際に学生に教える授業科目は一致しないことが多々あります。

土木工学でよくあるのが、測量を教えたり、コンクリートや土質の先生が構造力学を教えたり、です。構造力学はその後の専門に続く基礎的な学問なので、どの先生でも担当できる(できなければならない)ということもありますが。

さて、私は鋼構造・橋梁工学分野の先生の後任として入ったため、授業計画では、その分野が多く、コンクリートはゼロではありませんが、少ないです。ただ、2016年度は、欠員の対応のために、初めて3年生のコンクリート材料分野の講義、および3年生のコンクリートの実験を担当しました。

前任の大学で、実験を担当していましたので、3年のブランクが空いていました。そういえば、その時にも、色々と改善を試みていたので、その記事が公開されていますのでリンクを貼ります。
2011年横浜国立大学でのコンクリート実験の改善(コンクリート工学会誌)

(所属学会は、最近、過去の学会誌のアーカイブも無料公開してくれているので、こういう時に役立ちます。今までは、論文投稿でないと、過去のものは日の目を見ませんでしたが。)

さて、今回の香川高専の授業ですが、新しい教員が採用されるまでのピンチヒッターとして1年間行うという、どちらかというと消極的なモチベーションになりがちですが、専門分野そのものということで、気合いの入り方はやっぱり違います。そして、後に引けなかったのは、日本コンクリート工学会四国支部の教育支援校の担当になったことです。四国支部では、10年以上に渡り、「工業高校・高専」へのコンクリートの教育支援という制度があり、年に1校程度が順番に廻ってきて、10万円の予算を頂いて、教育改善のために何か取り組む、というものがあります。その成果を、翌年の学会の総会の際に発表する必要もあります。たまたま2016年度が香川高専に当たっていたので、何かやらなければならないという状況に置かれてしまっていました。プライドもありますので、適当に発表するわけにもいきません。

この年は、詳細は別ブログ記事に譲りますが非常に忙しい年だったため、何か新しいイベントを開催する、何かものづくりをする、ということは無理でしたので、授業や実験授業の中で何かをすることとしました。

補佐して戴く技術職員2名とも相談しながら、きちんと実験授業を行い、学生が正しく理解することが大切だというごく当たり前の結論に至りました。目標が決まれば、徹底的にそのために動く。

結果として報告をする段階になってのタイトルは「習熟度を高めるためのコンクリート実験実習の改善」と、オーソドックスになりましたが、これが実際を表しています。

先日、4/21の総会で20分間発表しました。その日は、たまたま、JCIの会長、丸山久一先生も本部からゲストとして来て戴いており、四国支部の活動について講評を頂くことになっていましたが、たまたま講評が、私+他1件の発表の次だったもので、過分なお褒めの言葉を頂きました。お褒めの言葉は半分程度に受け取っておくのがちょうど良いと思いますが、他にも四国内の大学の先生からも数名、良い反応をいただいたので、大きくは間違いはなかったのではないかと思います。

単にやったことを淡々と発表するのではなく、現場の人(大学、高専、高校)の目線でのニーズも盛り込みながら、かつ、私らしく、それを達成するためのツールの詳細の紹介もしつつ、全体で伝えたいことを見失わないように構成したつもりです。

「林先生は大学も高専も両方経験しているから、それぞれの苦手とするところを把握して、それぞれが得意とするところを伸ばすよう踏まえられている」というお言葉も頂きました。そのつもりで発表したことが、その通り伝わって良かったと思っています。

前のブログ記事で、今年はアウトプットの年にする、と書きましたが上記の出来事や、講演ファイルを適切に公表していく必要もあると思って、今書いています。

講演ファイルも是非ご覧いただければと思います。
講演ファイルをダウンロード

実験の詳細計画、ファイルのパワーポイントの原本などは、お問い合わせいただければ提供可能です。是非メールでご連絡を。

2017年4月18日火曜日

学ぶこと

腰痛について、大体の対処法はわかってきているのだが、解決していない課題があった。座り方が悪いというか、椅子が合わないというか、人並みに長時間座り続けることができない。それが問題と感じている。記憶をたどると、小学校1年生からそうであった。今思うと凄いなと思うが、私の小学校1年生の学校に関する悩みは、「体育館で集会などで周囲を見ても自分だけ腰が痛くなること」「給食で野菜が苦手」「学校でトイレに行きたくなる」がトップスリーであった。

年度末色々考えていると、ふと、来年度は少し椅子に投資して座り心地の良い椅子を購入しよう、と思い立った。疲れ知らずの良い椅子を買えば仕事も効率も上がるだろうと。

で、調べ始めて、良い椅子というものが何なのかがわからなくなってきた。ブランドものの10万円を超えるような椅子はもちろん座り心地よいのはわかったが、とりあえず予算とした5万円では何が良いのか決め手がなかった。

調べを続けると、そもそも座り方が間違っていたことがわかった。正しい姿勢は、座骨で座るのである。座るための骨だから座骨というのである、と。

目から鱗であった。記憶を呼び起こしても、「人間は座骨で座る」という教育を受けたことはなかった。覚えていないことを「聞いていない」というのは教師に対して失礼である。その時休んでいたかもしれないし、居眠りしていた可能性もある。とにかく言えるのは、もしかして聞いたかもしれないが、少なくとも頭に残っていなかった。座骨で座る、そんなの常識だと言われるかもしれないが、40歳の今まで、私はそれを意識したことがなかったのである。

「座骨神経痛」という言葉はCMなどで聞いたことはあるが、座骨という言葉を使ったためしがない。

姿勢良く座るには、一般に、背筋を伸ばすように、腰を曲げないように、などと言われていると思う。背筋が伸びていないのは、ラクをしている、気がたるんでいるから、等と言われるが、それをしていても、結局背中が痛くなって続かない、という悪循環であった。ラクしたくて変に座るのではない、それしかできないのである、と心の中で何度叫んだことか。

で、座骨で座るために、正しい姿勢でないと物理的に座れないという椅子があった。アーユルチェア、である。日本で開発されたらしい。標準タイプで5万円。おお、予算にぴったりだ。
コンセプトは、バランスボールと一緒かもしれない。正しい姿勢でないと転んでしまうと。乗馬が姿勢に良いというのも、同じだろう。ダーウィンの法則のようで、姿勢が正しく進化するのではなく、生き残れる(座り続けられる)のが正しい姿勢なのである。

たまたま、3月上旬に東京出張があったので、移動時間を使ってアーユルチェアのモデルルームに行ってみた。座って、実際に話を聞いてみると、良さそう。決めた。

まだ買っていないのに、それ以来、意識して座り方を変えるようになった。自分の椅子に座るとき、他人の椅子に座るとき、車を運転するとき、電車に乗るとき、飛行機に乗るとき、常に意識するようになった。

それから一ヶ月が経つが、アーユルチェアに座っていないのに、座り方が変わってきて、長時間座れるようになってきた。

とはいえ、そうとも言ってられず、先日やっと学校の会計システムが使えるようになって注文をしたので、しばらくして届くだろう。楽しみだ。

この一ヶ月の椅子に関する色々を振り返ると、学ぶこととは一体何だろうと考えさせられた。教員なので、教える側に廻ることが多い。人に届くための必要な情報提供の方法、内容は、どうあるべきなのか。

・背筋を伸ばしなさいという表面的な断片的な対処療法的な指示でなく、座骨で座るという本質的な指示ができているだろうか。
(座骨で座ることが、結果として背筋を伸ばすことになるのだが、私のように、背筋を伸ばすことだけを真に受けると座骨が傾斜したまま背筋を伸ばすことになり、よりおかしな姿勢になっていたのではないか。事後評価なので正確に記述できないが。)
・椅子に投資するという気持ちの変化(モチベーションの変化)が、能動的に動くきっかけとなった。その様なモチベーションを与えることができているだろうか。

深い。

新年度が始まって

新年度に入り気づいたら4月も後半に入りつつあります。

昨年度の激務は一段落しました。若干、昨年度の授業科目のポートフォリオの作成など残っており、それが終わらないと各種授業で使用したプリント類は一掃できないため、まだ、部屋の中が雑然としています。

新年度の校務の大きなものといえば、教務主事補となったことです。入試も担当するので前職の大学で言えば、教務+入試担当という感じですが、担任は別途いるので、学生を直接担当するわけでないため簡単には比較できません。

昨年は、担任+学生副主事ということで、急な呼び出し、学生との対峙という時間が読めない校務が2つ当たっていたため、教育・研究・学生指導・社会貢献をどのようにマネジメントするか時間との闘いだったように思います。積み残しだらけでした。

昨年比較して時間がとれるようになるのは明らかですので、今年は、昨年実現できなかったいくつかのことを実行することが目標となります。

研究を推し進めて、論文もきちんと発表すること
研究室をきちんと運営すること
とりまとめすべき委員会や研究会などをきちんと運営すること
色々手をつけていたことを整理して、外に発信すること
学生や後輩、部下を育てること

これらを、今後10年単位でじっくり腰を据えてやるための基礎固めを行う年とします。

そのためには、時間に追われそうになる、技術士 総合技術監理部門の受験はスキップすることにしました。大学の同期生は、把握している限り2名取得していますが、今年は我慢。ですが、総監的なマネジメント力を使わないと上記のことは達成できないと思いますので、それを実行する年かと思います。
行き当たりばったりで上記に対応するのではなく、監理、マネジメントを意識しながら行う必要があると思います。

さらに、家族と過ごすこと、家族で成し遂げることなどを改めて年間スケジュールを立ててそのために働く、というスタイルができればと思います。先日、1年間で家族で体験したいことをリストアップしました。潮干狩りが次の目標です。香川県観音寺市で、凄い潮干狩りができるらしい! 終わったら報告します。

2017年3月1日水曜日

4年が終わっての総括と5年目の決意

昨日で私が香川高専に赴任して4年間が終わり、本日から5年目に突入した。
というのはすっかり忘れていて、大学同期からのメールのやりとりで指摘があった。本日3/1は技術士の合格発表日でもある。

私は1年前の39歳の3月1日に、長年受け続けた技術士に合格。3月1日はその意味でも記念すべき日になった。合格による受験資格獲得をしたが、2016年度は後述の理由で、上位に位置する、技術士 総合技術監理部門の受験はあきらめて出願すらしなかった。同じ年に受かった上記とは別の大学同期は、密か?に総監を受けていて、今年1発で合格したのである。素直に祝福する反面、自分が受けなかったことを考えた。明らかに今年は異常(通常でないという文字通りの意味で、悪いという意味は含まない)な1年だったので、物理的な時間、精神的な余裕はなかったので、しかたがないとはいえ、どうすべきだったのか。

では、それが解消されるはずの来年度はどうか。新たな校務も交代して、教務主事補となり忙しくなりそうだが、大きな校務の掛け持ちはないのでコントロールはできるのではないか。でも、総監受験の決意はまだつかない。

香川高専に来て第4期となる、2016年3月以降を振り返ってみる。

第3期が終わっての総括
https://kazuh-hayashi.blogspot.jp/2016/03/4.html
第2期が終わった頃の総括みたいなもの
https://kazuh-hayashi.blogspot.jp/2015/04/blog-post.html
第1期が終わっての総括
https://kazuh-hayashi.blogspot.jp/2014/02/blog-post_28.html

2016年3月のできごと。港湾空港総合技術センターの助成金が2年連続で採択されたが、2年目を終えるにあたり、研究の柱でもある現場調査の場所決定が伸び伸びとなっており、3月に学生を3名連れて、土木研究所、港湾空港技術研究所で保管されている構造物調査に行ったことが思い出される。関東をレンタカーで走り回って、学生にもプラスになったであろうか。

4月からは、同じコンクリート系の教員が急遽に異動になったことを受け、新任の教員が採用されるまでコンクリートの授業を受け持つようになった。私は鋼構造と橋梁の分野の授業を担当していたので、コンクリートも両方となると、時間的に厳しかった。さすがにこれらの数の授業を行おうとすると、物理的な時間を割くようになるとそれ以外の外部の委員会の対応等はどうしても遅れるようになってしまった。土日出勤で家族にも迷惑をかけた。校務は、担任と学生副主事の大きな2つも担当。これは異動よりも前に決まっていたこと。

建設系の審議会、学識有識者、学会委員会など、学外で出席しなければならないものも多く、そのために時間を取ると、他が成り立たずで、相対的にあらゆる事に手が回らなくなったと思う。

できなかったというネガティブな事ばかり書いても発展はないが、この1年間でひしひしと感じたことは、それを乗り切るのはマネジメントであることを改めて身をもって体感した。

その割には、例年通り県外出張は出ていたように思う。外部で議論することが、研究にも教育にも繋がるので、それをやめてしまったら、全ての終わりだと思う。

秋からは若い新任教員も採用され、コンクリート分野では一緒にやっていくことになった。人を育てるというのも40歳になって明確に意識する必要が出てきた。

早い段階で学生を育てておくことは戦力にもなるし、若手も動員して皆でプロジェクトを行うことは、仕事もはかどるし、若手も育つ。何よりも私だけが背負っていても、何も動かないことを実感した。忙しい1年に遭遇して、これまでも人財育成が全然足りていなかったことを突きつけられたと思う。一見成果に見えていたのは、単なる自分が動いていただけであり、人を全然育てていなかったことが露呈した。ガツンと殴られた1年だったように思う。幸い、改善のための勉強も進め、いくつかの本質的な本も読んで目から鱗も落ち、いくつか実践に動いている。

一度無理をすると、全てのしわ寄せがボディブローのようにきいており、コンクリートの授業は減っても、3月になってもまだ余韻は引きずる。委員会報告書も含めて終わらせないと。

3月7日の卒業研究の最終発表(高専、大学で一番遅いのではと思う)に向けて、本科5年生の研究室学生は日々遅くまで頑張っている。他研究室なら、最終発表のとりまとめなどしている時期だが、未だに解析を廻したり、データを取得しているのは、明らかに私のマネジメント不足でもある。真摯に反省するとともに、本番に向けてベストを尽くせるよう、頑張るしかない。

その中で、明日夜から東京1泊出張、土曜日は現場1日立会いで、これから発表日までの間に入るのは物理的に痛いが,それも含めてマネジメントである。


ポジティブな活動としては、大きく次の3つが挙げられる。

一つは香川県コンクリート診断士会が11月に正式発足したこと。暫定発足とも言えるが、当初の準備会から脱皮し、30名を超えた。

フライアッシュの研究、取組みが実を結び始めた。刈り取るまでは行かないが、課題が明確になり、全国の研究仲間に助けられ、多角的に検討できつつある。フライアッシュの大家の先生は多数いるが、いろいろな切り口はあり、現場主義という分野では成果を出すべく頑張っている。

そして大きいのが、四国内のトンネルで始まった、品質確保のプロジェクト。品質を上げるには、材料、施工、そして設計という三つの柱。そのことが上手く回り始めたように思っている。

さらに、教員異動時に地元関係の引き継いだ研究も、蓋を開けてみると面白い。横浜国大時代にやった経験も生かせて、コツコツと現象の解明に取り組みたい。

家族を十分には顧みられなかった1年ではあるが、家族に支えられながら、病気もなく一年を乗り切ろうとしている。支えてくれた妻と子どもたちに本当に感謝している。これが4年の総括となるか。

第5期目は、自分自身の生産性向上に加え、人を育てることにこれまで以上に注力し自分の方法を確立すべき年ではないか。技術士総監は・・・・、決断しきれない。まずは成績確定して、進級認定会議が終わるまで安心できない。担任業務を一段落させないと。

2017年2月25日土曜日

雑用

雑草という植物はない、というのが昭和天皇の名言だというのは聞いたことがあるが、原本にあたったわけではないので、若干躊躇する。


教員という仕事をしていると、雑用という言葉が良く出てくる。生産性のない作業ということだろうか。雑用に追われて仕事ができないとか、雑用ばかりに注力せずに仕事をせよとか・・・。

反面、雑用をきちんとする人は信頼できるという話も聞いたりする。

その「雑用」とやらが、本当に不要なものかどうかはわからないが、相手にとって必要だが自分には時間の取られる作業であることもあるし、そもそもやらなくても良い形だけの仕事もある。


本当に組織にとって不要な雑用は、自分がその立場にあれば廃止しようとしているし、そうでない場合には、そそくさと作業したり、催促されるまで放置したり色々な対応をしている。

違った観点の雑用を取り上げる。
何かが上手くいかないときに、些細なことがボトルネックになってる事が多いが、それが一見華やかでないことがある。ディテールというのか。神は細部に宿ると比喩されることがあるが、このような雑用は、それに相当すると思う。

私はそういう雑用は、自ら買って出ているような気がする。それは、雑用と言うよりか、その作業をすることでボトルネックが物理的に取り払われ、物事が上手く回るのを実感できるから。むしろ、自分が恩恵を受けるからか。

正門から建設棟の間に土だまりができて雑草が生え、結局道幅が1m位狭くなっている箇所があった。気になってから1年以上経過するのだが、施設部に言う手もあったが、些細な所なので、わざわざ言いに行くのもなぁと放置していた。2017年の年始に出勤した際に、思い切って土砂を除去する作業をした。すると、事務の管理職の方も出てきていて、手伝いましょうと言っていただき、二人で1時間ほど汗をかきながら作業をした。

その結果、自動車が軽々とすれ違えるようになり、通る度にうれしさを感じる。とそういう話を同僚にしても、元々不便を感じなかったという。

何だかオチのない話になったが、角栓を取ると気持ちが良いように、私はボトルネックを取るのが好き。

大事なのは、今コレをやらねばならないときに、懸案の雑用に没頭しないこと。では、ブログを書いていないで、○○に取りかかります。

2017年2月13日月曜日

橋梁の維持管理

橋梁の維持管理に関するメモ

国総研資料 第 829 号
道路構造物管理実務者研修(橋梁初級I)道路橋の定期点検に関するテキスト
http://www.nilim.go.jp/lab/bcg/siryou/tnn/tnn0829.htm

非常に良くできている。ただし、既視感はある。色々な人が色々な資料を作るので、若干もったいない気もするが、よい物は利用する!

国総研資料 第 196 号
道路橋の定期点検に関する参考資料 -橋梁損傷事例写真集-
http://www.nilim.go.jp/lab/bcg/siryou/tnn/tnn0196.htm

国総研資料 第 748 号
道路橋の定期点検に関する参考資料(2013年版) ―橋梁損傷事例写真集―
http://www.nilim.go.jp/lab/bcg/siryou/tnn/tnn0748.htm



国土交通省→道路の老朽化対策
http://www.mlit.go.jp/road/sisaku/yobohozen/yobohozen.html

鉄板のページではあるが、リンクの文字だけが続くと、苦手意識が・・・・。

以上は、きちんと勉強をしておきたいところ。

メモでした。

2017年1月30日月曜日

融合

私のミッションステートメントを更新しないまま今に至ってしまっている。更新すべき(追加すべき)所は、次のようなものになるのではないか。

・四国内での建設の取組みを通じて、地方を持続可能性のある豊かなものにする。


四国・香川での建設の取組みは非常に面白い。

・構造物目視評価、建設会社、生コンへ愚直にヒアリングを繰り返した経験
・四国でのコンクリートの品質確保の取組み
・フライアッシュ・銅スラグに代表される地元の建設副産物を有効利用することで、地元の様々な骨材の性能を改善したり、地産地消の取組みを実践
・橋梁の長寿命化の対策、橋梁点検とその活かし方

など、高松に来て取り組んできたことが、実は全てが繋がっていることに気づいた。それぞれの専門家はいらっしゃるが、材料から建設、マネジメントまで取り組んでいる研究者はそういないのではないか。独立して不安な時期もあったが、何とか自分流を確立できたのが、今年度40歳になった年だったように思う。

さらに、一人では無理なので、香川大学や、四国内の大学・高専の先生とも繋がりながら、一緒にやっていくことも必要と感じていて、今年度から布石を打っている。オール香川、オール四国、オール高専で取り組んでいくように仕向け始めた。

まだ話せないが、冒頭に示した、あるプロジェクトで品質確保の取組みが始まりかけている。その会議の中で、「林が望むことは何か」と聞かれた。意外な盲点であった。だが、そのことはきちんと話したつもりである。

まだまだ走り続ける必要があり、ゆっくり立ち止まることは難しい。

学生も、専攻科生、本科生、それぞれ頑張っていて、特にこの1ヶ月、とても成長しているのを感じている。

私も外の取組みで日々鍛えられている。私は成長しているだろうか。

2017年1月9日月曜日

コンクリートと別れを告げて

キャッチーなタイトルで申し訳ない。


不覚にも、9月行った人生初の人間ドックで要再検査が出てしまったため(そのような結果が出た間抜けな理由はほぼわかっている)、すぐに年末の病院が最終日の12/28に予約をして大腸の内視鏡検査を受けた。結果は全く問題ないということで、改めて安心。


さて、こんなに時間に追われる・時間が足りないと感じる1年を過ごしたのは過去になかった、と思っていたが、この12月から今までの1ヶ月はさらにグレードアップして鬼のようだった。

鬼のような時間に追われる中にも、研究に関して色々なプロジェクトが動き始め、それらは、私の40歳台の大きな核となると確信している。頑張りたい。四国でも私が関わるコンクリートの品質確保が始まったのは大きいと思う。より深くコンクリートにのめり込んで行くであろう。複数動いている委員会の複数が、なかなか手がつけられておらず、申し訳ないが、少しずつでも進めなければ。

さて、タイトルの件だが、これまで漫然と茹でガエルのようになっていたことに、別れを告げていくことにした。ひとつは、携帯電話のキャリア。SoftBankに入って10年以上たつが、今年の研究室の引越しで電波が入りづらくなったことがきっかけで、そもそも高い料金を払い続けることがバカらしくなった。現場調査で山の中に行くことも多くてそちらの電波も心許なく、やはり日本津々浦々回線が整っているのはdocomo回線だと思っていたので、ちょうど2年契約が終わった12月に思い切って切り替えることにした。高い携帯料金を払い続ける不毛さ、iPhoneなどの実質のローン購入というキャンペーンに組み込まれる不毛さを考えて、格安回線(MNVO)を検討することにした。電波自体はdocomo回線としつつも、格安回線会社とした。結果として、色々な使い勝手の良さから、1995年から一度も解約せずインターネット回線でずっとお世話になっているniftyの携帯回線となったが、とにかく、今まで7~8000円払っていたのが、一気に2000円程度まで落ちることとなった。

最近は余り使っていなかったが、私のかつての携帯のメールアドレスは、concrete@ソフトバンク であった。確か、大学院修士のときにアカウントを取ったと思うが、気に入って、手放せなかった。しかし、夫婦合わせて年間20万円近くも不毛に払い続けていることを考えると、一気に萎えてしまい、そのメールアドレスに、ソフトバンクに、別れを告げることとした。
ソフトバンクは、今使っているiPhone6ではSIMフリー端末にならないようで、エイヤッと、Appleストアで、iPhoneSEを現金買いした。ただし、料金プランが安くなったので、8ヶ月後には、端末料金の元が取れる。妻はソフトバンクをしばらくは継続するが、プランも見直して夫婦で結局年間10万円ぐらい安くなるようになった。

住宅ローンも、最近の低金利を受けて、銀行に相談に行ったところ、交渉は成立して月2000円下がるようになった。自分で考えずに、ただ惰性で払い続けることは、無駄であると改めて思った。その手続きは(結果として幸運にも忙しさがピークを迎える前の(正確には、今がピークかと思っていたら毎日毎日更新して、結果としてピークでなかったという感じだが))11月であり、さらにその後、トランプ大統領を受けてか、長期金利が上昇し始めたので、滑り込みセーフだったようだ。

忙しい中でモヤモヤしていた「日々の生活を適切に改善をする」、ということが実践できたことは精神衛生上よかった。そしてその成果が幸いにもお金の節約という目に見えるようになったのも素直に嬉しい。


年末に、久し振りにリアル書店に行き、前から欲しかった本と、たまたま運命のように出会った本を購入した。後者は、これまでの私の働き方を見直すよい本であった。自己改革はしてきたつもりであるが、まだまだまだまだ仕事の進め方は現時点で改めるべきことは多数あり、この本も参考にしながら、改善した方法でやっていきたい。

新年の出張は、群馬県前橋市から。明日から前橋2泊なのだが、前橋滞在は30時間、高松を離れるのは36時間というギリギリ日程。夜中に着いて、翌々日の早朝に出るヤツ。成果を出していきたい。